文●テメル華代 KayoTemel 画家   第5回 【最終回
                               第一回 10月11日

                               第二回 12月 7日
                                第三回  3月 2日
                                第四回 5月 16日
〈レンブラント−カラヴァッジョ〉展
会場:ゴッホ美術館
会期:2006年2月24日〜6月18日

〈レンブラント−カラヴァッジョ〉展
http://www.rembrandt-caravaggio.nl/
レンブラント生誕400年イベント
http://www.holland.com/rembrandt400/
テメル華代
1977年山形県生。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。2001年渡蘭、アムステルダムの美術アカデミーで油彩、ドローイングを学び2005年に卒業。絵画(油彩、インク画、ドローイング)、イラストレーション、絵本制作、美術批評を手がける。2005年6月よりローマに滞在。
第5回 (2006年) 8月3日



画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家























画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家

バロック二大巨匠の共演
〜北のレンブラントと南のカラヴァッジョ〜


 アムステルダムでこの記事を書いている。諸事情で暫くローマを去ることになり、慌しくオランダに舞い戻った。穏やかなアムステルダムの初夏、懐かしい日差しや風景が目に染みる。街中でさっそく目に飛びこんできたのは、〈レンブラント−カラヴァッジョ〉展のポスターだった。カラヴァッジョは私がローマで最も惹かれた画家であり、帰国してすぐ彼の作品に再会できるとは嬉しい偶然だった。ローマの教会や美術館で、見るたびに鮮烈な印象を受けたカラヴァッジョ、そのイタリア・バロックの作品が今、世界各地からアムステルダムに集まっている。

 〈レンブラント−カラヴァッジョ〉のタイトル通り、「バロック二大巨匠の比較」が展覧会の要となっている。今年2006年はレンブラント生誕400年にあたり、その記念行事の一環として、このような大規模な展覧会が企画された。生前は互いの作品を見たことも、ましてや会ったことさえない二大巨匠を引き合わせるという劇的な構成で、レンブラントを誇るオランダ人のただならない意気込みが感じられる。アムステルダム市あげてのプロモーションや各メディアを通じての広告も大々的に行われ、美術館周辺は、2002年の〈ゴッホ−ゴーギャン〉展を思い起こさせる賑わいとなった。アムステルダムでレンブラントと言えば国立美術館だが、現在は改装工事でその大部分が閉鎖されているため、代わりにすぐ傍のゴッホ美術館が会場となっている。心の準備をせずに足を運ぶことがはばかられるような気持ちになり、展覧会を訪れる数日前から、カラヴァッジョの画集やレンブラントの素描集をめくり気持ちを高めた。
 ゴッホ美術館の企画展スペースは、1階ホールからエレベーターを降りた地下が入口となっている。自然光を遮断した暗さを感じる空間はちょうど、バロック絵画の光と影を浮きあがらせる巧みな視覚装置のようだった。30点を上まわる油彩が集められ、しかもレンブラントとカラヴァッジョの作品が主題ごとに対をなして展示されている。一貫して読みとられる共通点はやはり、ありありとした人間感情の描写や、光と影の効果を用いての劇的な平面構成だ。明暗のコントラストを強調するテネブリズムという表現方法で、まるでスポットライトの当たる演劇の一場面に遭遇しているかのような印象を受ける。一方で、互いに相容れない二者二様の技巧と表現力にも目を見張った。同じ主題を描きながら、これほど異なった極みに達せるものかと、両画家の独創性にほとほと感服してしまう。比べれば比べるほど、表面的な類似点を越えて、ニュアンスや各々の個性が見えはじめた。

レンブラント "The Blinding of Samson" 1636【図1】
カラヴァッジョ "Judith and Holofernes" 1599-1600【図2】



画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家


 レンブラントの『The Blinding of Samson』[図1]の横にはカラヴァッジョの『Judith and Holofernes』[図2]が掛けられている。両作品とも、ダイナミックな構図と激情表現により、血生臭い光景が描かれた極めてリアリスティックな宗教画だ。捩れた身体や苦悶の表情、一瞬の動き、そしてそれらを演出する効果的な光と影。両作品を見比べれば、16 世紀末にカラヴァッジョがローマで開拓したスタイルを、北方のレンブラントが忠実に受け継いでいたことが窺える。また両作品とも、宗教的主題を扱ったものでありながら、その宗教世界さえも揺るがすような生々しさを露呈している。当時はコペルニクスやガリレイの地動説により、神を中心とするカソリック的な世界観が揺らぎ始めた時期であった。人間的、現実的な写実性で伝統に立ちむかうという姿勢においても、カラヴァッジョとレンブラントは同時代を生きていたのだ。
レンブラント "Belshazzar's Feast" 1635【図3】 カラヴァッジョ "The Supper at Emmaus" 1601【図4】











画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家







 かたや両画家の相違点は「平面構成」、「光」、そして「人物描写」といった観点から捉えられるのではないだろうか。上述の二作品に限らず、『Belshazzar's Feast』[図3]と『The Supper at Emmaus』[図4]の対や、『The Sacrifice of Abraham』[図5]と『The Sacrifice of Abraham』[図6]の対など、ほとんどの作品が両者の対照的な個性を物語っている。カンヴァスの枠内を隈なく理論的に分割していくカラヴァッジョに対し、レンブラントの平面構成には、まず中心となるオブジェクトを描いてから背景を足していくような原始的広がりがある。前景と背景を同等に扱うカラヴァッジョの平面構成では、空の形やドレープまでもが全体の動きに欠かせない構成要素だ。しかしレンブラントの背景はあくまで背景として、前景の主人公やドラマを引きたたせながら、しだいに自らをフェードアウトさせていく。光もまた平面構成において同様の役割を担うため、カラヴァッジョの光には幾何学的な造形美を、レンブラントの柔らかい光には物語的な雰囲気を感じることが出来る。人物描写という観点も含めて、『Saskia as Flora』[図7]と『The Betrayal of Christ』[図8]は、両者の対照的な個性をよく表わした作品といえるのではないだろうか。肖像画に秀でたレンブラントの描く人物像は、どこか物憂げな眼差しで鑑賞者の心を奪う。花飾りやレースなどの細密描写を含め、その神々しく繊細な仕上がりはレンブラント特有の筆さばきだ。一方カラヴァッジョの『The Betrayal of Christ』はまさに写真的な構成で、人物郡の右から左への流れやリズム感には、天才画家の遊び心さえ感じられる。こう言いきってしまうと少し大げさかもしれないが、カラヴァッジョの作品は目にうったえ、レンブラントの作品は心にうったえる、というのが展覧会を通しての感想だった。 
レンブラント "The Sacrifice of Abraham" 1635【図5】 カラヴァッジョ "The Sacrifice of Abraham" 1603【図6】
レンブラント "Saskia as Flora" 1634【図7】 カラヴァッジョ "The Betrayal of Christ" 1602【図8】















画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家


 比べやすいように配慮された展覧会で、逆に比べないように観賞するのは至難の業だ。レンブラントとカラヴァッジョを比較することに夢中になり、ついつい一枚一枚の観賞を忘れそうになってしまう。その中にあってレンブラントの『The Jewish Bride』 [図9]は、向き合うなり周りの全てを忘れさせてくれる絵画だった。まるでカンヴァスに光の粒子がちりばめられたように、愛情と幸福に満ちたカップルの雰囲気が見事に描きあげられている。繊細な陰影と感情表現の結晶とも言えるこの作品に、隣のカラヴァッジョを忘れて見入ってしまった。同様にカラヴァッジョの『St. Jerome writing』 [図10]の前でも、その絶対的な存在感に圧倒された。静謐な雰囲気でありながら力強い画面構成、するどい陰影や一筆一筆の確かさは、カラヴァッジョの個性と才能をよく表わしている。眩しい光が差しこむローマの教会や美術館で観賞したときの感動が蘇り、これまで気になっていた会場の暗すぎる照明も気にならなくなった。オランダとイタリア両方の光を経験したせいか、作品に描かれた光と影に理由付けを求めようと躍起になっていたのかもしれない。けれどまたこうして絵にはっとさせられる。歴史的背景も隣の作品も、今立っているこの会場さえも、そのすべてを忘れさせてくれる作品を前に、比較という観賞方法はあまりに無意味だ。レンブラントとカラヴァッジョ、どちらが勝者かという問いには答えられない。まさに、絵画の勝利を見せつけられた展覧会だった。
レンブラント "The Jewish Bride" 1665【図9】 カラヴァッジョ "St. Jerome writing" 1606【図10】
  「画家の描くローマ」  ー 完 ー



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