文●テメル華代 KayoTemel 画家   第三回

                               第一回 10月11日

                               第二回 12月 7日
                               第四回  5月16日
                                第五回  8月 3日
彫刻家Pericle Fazzini

Chiesa di Santa Maria dei Miracoli
Galleria Nazionale d'Arte Moderna
常設


テメル華代
1977年山形県生。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。2001年渡蘭、アムステルダムの美術アカデミーで油彩、ドローイングを学び2005年に卒業。絵画(油彩、インク画、ドローイング)、イラストレーション、絵本制作、美術批評を手がける。2005年6月よりローマに滞在。
第3回 (2006年) 3月2日



画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家







   Pericle Fazziniの二つの彫刻
――作家のまえに開けてくる「すき間」

 戦略的な作家ならば誰しも、制作に先んじての市場調査を欠かさないのではないだろうか。自らの作品の芸術的・商業的価値を最大限に高めることのできる「すき間」をどこに探り当てるのか、創作活動が日の目を見るためには鋭い先見が必要不可欠となってくる。ローマでは、芸術における新旧のコントラストやコラボレーションを巧みに生かした展示が企画されるなど、古都の魅力と相乗的に開花するような現代美術も見うけられ大変興味深い。しかし前回も記したように、文化遺産レベルの芸術が溢れるローまでの「すき間探し」は、そうたやすいことではない。何をどこでどう発表すれば芸術的意義があるか、より人目を引くか、またどのような鑑賞者や後援者、買い手が期待されるのか、さまざまな現代作家の作品や発表形態・場所を眺めているうちに、とある印象深い展示とめぐり会った。
 


図1 Chiesa di Santa Marita dei Miracoli内観










画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家


 数えきれないほど訪れた教会で、いつも眺めていた彫刻がPericle Fazzini(1913〜1987)の作品だと気づいたのはつい最近のことだ。数十メートルごとに教会が置かれたような街に暮らしていると、おのずと馴染みのある教会もできはじめ、ことあるごとに足を運んでは聖堂の薄暗がりに心を安らげるようになる。Chiesa di Santa Maria dei Miracoliも私がよく訪れる教会のひとつで、Fazziniの木彫には当初から目を引かれていた[図1、2]。十字架に掛けられた痛々しいキリストの肢体は神秘的にうねり、まるで叫びとともに木のなかに溶けこんだものが凝固したかのような異様な質感をたたえている。作品をちょうど包みこむような箱の中に納められ、絵画的な視覚効果をも持つこの彫刻は、祭壇のすぐ側の、堂内でもかなり目立つ場所に据えられてある。なぜ最近になるまで、それが現代彫刻家の作品であるかを見逃していたかといえば、その彫刻が、それほどに古めかしい聖堂内の雰囲気に馴染んでいたからだ。また教会や宗教美術といえば、中世や近代の画工や職人が腕を振るった過去の遺産であるといった先入観もあり、数世紀の歴史をもつ壁画や絵画、彫刻に混じって、「新しい」美術が展示されているとは想像もしていなかった。もっとも、時系列的な様式の差異よりもまず、普遍的な信仰心を感じさせるFazziniの聖像には、「新しい」という形容詞も不似合いに感じられる。自らが身を委ねた宗教文化のなかに、そっとひとつの聖像を溶けこませたFazzini、またそうした展示や鑑賞の在り方を可能にするローマという都市に、現代美術のもうひとつの方向性を見た気がした。新奇性や個性ばかりを強調し、自分だけの「すき間」を無理やりこじ開けようとする現代美術とはまったく別の精神が、この小さな教会のなかで静かに生き長らえている。



図2 祭壇(左)とFazziniによる聖像(右)









画家の描くローマ
文●テメル華代 KayoTemel画家


 
  もちろん、生前はイタリア現代美術の第一線で活躍したFazziniが、アヴァンギャルドの興亡史やポストモダニズムの思想に無知だったわけではない。1930年代、20代の若さですでに才能を開花させたFazziniは、イタリア現代彫刻界の精鋭であった。刻む、貼りつける、補強する、など、あらゆる手法をもちいて木材を操ったその力強い作風、そして端正なアカデミズムを容赦なく打ち砕くラディカルな制作態度が時の要請に応えたのだろう。現にローマのGalleria Nazionale d'Arte Moderna(国立現代美術館)には、20世紀イタリア前衛美術を彩った一コマとして、Fazziniによる『Ritratto di Ungaretti(ウンガレッティの肖像)』が展示されている。かつての前衛美術、と冠されて美術館に保管されるこの胸像と、教会に据えられたキリストの聖像、この両極のような展示を見比べていると、「展示する」という行為がFazziniにとっていかに二次的なものであったのかが伝わってくる。鑑賞者や批評家が求めるような様式や区分に翻弄されることなく、その情熱はただ「制作する」ことに向けられていたのに違いない。不変の衝動をもって刻まれたこれら二つの彫刻には、展示場所の違いなどまるで少しも意識させないような自律性が獲得されている。さまざまなコンテクストにおいて首尾一貫したアウラを放つFazziniの彫刻を目の当たりにし、市場の需要からは独立したところにある創作活動というものを改めて思い知らされた。純粋な美的衝動に貫かれた制作であったからこそ、Fazziniの作品はうまくそれぞれの居場所を見出してローマの街に溶けこんでいったのだ。「すき間」は、作家によって探し出されるものではなく、真摯な制作の前におのずと開かれるものかもしれない。


Pericle Fazzini略歴

1913年Grottammareに生まれる。幼少時より、木工職人である父の仕事を手伝う傍ら彫刻を制作。1929年よりローマの美術アカデミーに学び、木彫の制作を始める。伝統的な手法を離れた独自の木彫表現を確立し、イタリア前衛美術の担い手に。1943年にローマのGalleria La Margheritaで初の個展を開催、のちにブロンズ彫刻にも幅を広げる。1954年にベネチアビエンナーレで受賞、フィレンツェとローマの美術アカデミーで教鞭をとり、1987年、ローマで逝去。




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