新連載!


文●高石ゆみ YumiTakaishi 美術ライター


                              
旧連載 国立新美術館とは何か? 藤田一人
                                
2003年5月〜2004年2月


“プロジェクト”、いまや美術において定着した言葉。美術家だけでなく、他の多くの人々も関わって作品が完成される制作方法。
 “インスタレーション”、これもすっかり定着した。どこかに一時的に作品が設置され、そして撤去される展示方法。



 
クリスト(1935年ブルガリア生まれ)はジャンヌ=クロードと共に、これら2つの開拓者としての活動をしてきた。1960年台からヨーロッパを中心に発表し、“包むアーティスト”とのイメージが強い人も多いだろう。また、日本で発表された、『アンブレラ・プロジェクト』は、大きな話題を呼んだ。

 来年の2月に、ニューヨーク・セントラルパークでの大きなプロジェクト『ザ・ゲート』が決定された。そこで、筆者は『アンブレラ・プロジェクト』記録集の編集、翻訳に関わったことをきっかけに、90年代末から、クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトに協力するようになった高石ゆみ氏を迎え、生の声なども交え、プロジェクトが完成となるまでを追う。(編集部)

『お台場プロジェクト』構想ドローイング
(c)Christo

                     ⇒  関連記事 『ザ・ゲート(門)、ニューヨーク、セントラル・パークのためのプロジェクト』 2003年8月
⇒第2回07.22             
⇒第3回10.14             
⇒第4回02.09             
⇒第5回03.23             
第1回 6月15日


クリスト&ジャンヌ=クロード
『ザ・ゲート』への道のり
文●高石ゆみ YumiTakaishi 美術ライター




『お台場プロジェクト』構想ドローイング(c)Christo






『お台場プロジェクト』構想ドローイング (c)Christo







『お台場プロジェクト』構想ドローイング(c)Christo







『お台場プロジェクト』構想ドローイング(c)Christo


■『ザ・ゲート』へと繋がる『台場プロジェクト』

 クリストとジャンヌ=クロードにとって初めての、東京を舞台にした大規模な構想だった『台場プロジェクト』。もし実現していれば、水面から陸地にかけてサフラン色の布に覆われ、美しく変貌したお台場の景観を眺めることができただろう。

 布の流れは、湾内の2つの人工島を取り囲むことから始まり、数百メートルに及ぶ浮き橋を覆い、陸地に到達するとお台場海浜公園内の遊歩道などへと続く。そして、丹下健三設計によるフジテレビ本社ビルの巨大な階段(147段)を覆い7階の屋上庭園に広がり、さらにまた階段を下りてビルの周辺にまでも展開していくというもの。

 クリストたちがお台場を初めて訪れたのは、96年3月。そこで目にした超現代的な巨大ビルディングや、湾内の人工の島などは、大いに彼らの関心を呼んだようだ。そうして、臨海副都心の持つ様々な要素を取り込んだアイデアが、そこで生まれた。

 ほどなくしてニューヨークに戻ったクリストは、早速『台場プロジェクト』の構想を何点かのドローイングに仕上げた。その後の数ヶ月間に、彼らはたびたび訪日して現地調査を行い、クリストは多数のドローイングを意欲的に仕上げていった。(ここで単数形になるのは、プロジェクトはクリストとジャンヌ=クロード2人によるものだが、ドローイングなどの制作はクリストだけによるものだから。)

 しかし数ヶ月間に及ぶ調査、準備作業の後、このプロジェクトは無期限棚上げとなってしまった。それから8年……これまで一般に公開されることのなかった、『台場プロジェクト』の実現構想図ともいえるドローイング類を、まとめて見せる展覧会が開かれた(3月2日〜28日)。会場は、舞台となるはずだったお台場の景観を見渡せる、フジテレビ本社ビル球体展望室。

 約20点の『台場プロジェクト』ドローイングの他、日本にゆかりのプロジェクトを含め重要な作品が集められ、ここに至る過程を見せる展覧会になっていた。69年に構想された日本で初めてのプロジェクト、東京の上野公園での『覆われた遊歩道』、彫刻の森美術館(箱根)での『マスタバ』のプラン、そして唯一、91年に実現に至った、茨城とカリフォルニアで同時に行った『アンブレラ、日本=アメリカ合衆国、1984−91』などである。また、水に浮かぶ遊歩道のアイデアの源である、『リオ・デ・ラ・プラタ川のプロジェクト』のコラージュ作品も展示された。

 会場を訪れた多くの観客たちは、「クリストが東京でやろうとしてたなんて初めて知った。」と驚いていた。そして誰もが、「是非とも近い将来実現させてほしい!」と言っているのを耳にした。

 しかし、クリストたちは現在、来年2月に実現が決定した『ザ・ゲート、ニューヨーク、セントラルパークのプロジェクト』(以下、『ザ・ゲート』)の準備に全面的に取りかかっている。『台場プロジェクト』に限らず、待たれている構想は世界中にまだ多くある。クリストは、お台場からニューヨークに戻った際、かなり集中的に気合いを入れてドローイング制作に打ち込んだと聞くが、それだけ彼が期待をこめていたことを思うと、実作業に入ってから事が運ばなくなったのは本当に残念だ。

 展覧会には、最近の彼らの活動を伝えるものとして、『ザ・ゲート』のドローイング作品も多く展示されていた。『ザ・ゲート』の実現が決定したことも、『台場プロジェクト』ドローイングが初公開されることになった、一つのきっかけだった。この展覧会の、〈クリスト&ジャンヌ=クロード:ニューヨーク/台場“プロジェクト”〉というタイトルは、そこからきているという。(これら2つのプロジェクトは、彼らにとって非常に思い入れが深い、ニューヨークと東京という2都市での、両方とも同じサフラン色の布を用いたものなのである。)

 今までニューヨークを拠点にしながら、世界各地を舞台に、野外での大規模な「一時的芸術作品」を創り出してきた。ザッと思い起こすだけでも、69年のオーストラリアでの『覆われた海岸』、『ヴァレーカーテン』(72年)、『ランニングフェンス』(76年)、『囲まれた島々』(83年)などが頭に浮かぶ。そして特に近年は、パリの『包まれたポンヌフ』(85年)、ベルリンの『包まれた旧ドイツ帝国議会議事堂』(95年)、そして最近のプロジェクトである『包まれた木立』(98年)など、ヨーロッパでの活躍が印象的だ。しかし、91年に、茨城とカリフォルニアを結んだプロジェクト、『アンブレラ、日本=アメリカ合衆国』を実現し、それ以降も、たびたび来日している彼らは、日本への関心を持ち続けている。特に東京に関しては、「ニューヨークの次に好きな都市は東京だ。」と口にすることもあるくらいだ。

 そんな彼らが、かつて日本で、それも東京の臨海副都心「お台場」に惹かれた理由は、さまざまな地理的条件を含んだその特異な風景にあったようだ。

 あの頃のお台場周辺は、まさに埋め立て地。建設途上の特異な風景が広がり、殺風景な所だったはずだ。とりたてて魅力的な風景があるわけもなくガラーンとした雰囲気が漂っていたわけだが、クリストたちがプロジェクトを構想する際に頭に描いていることは計り知れないものがある。
彼らが、『ザ・ゲート』の開催時期を、2月に決めたのにもわけがある。木々の緑が無くなり寒々とした風景になるセントラルパークにこそ、布のサフラン色が映えるというのが主な目的だったのだ。(実際、零下20度以下になることもあるほど寒い。)
 その『ザ・ゲート』展が、この4月からメトロポリタン美術館(ニューヨーク)で開かれている。(7月25日まで)

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