藤田一人氏による連載第二弾!
  (番外編)

横浜美術館 “市民参加”の“開かれた美術館”という課題

美術ジャーナリスト
藤田一人Kazuhito Fujita


第1回 2004年 8月16日
第2回  9月16日
第3回 11月26日
第4回 12月14日
第5回 2005年  2月22日
第6回  5月11日
第7回  5月25日
番外編 (2005年8月31日)












美術館の“大義” 
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト


















美術館の“大義” 
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト


















美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト


●河北倫明の提唱

 戦後日本の美術館運営をリードし、美術批評さらに美術行政においても大きな影響力を持った河北倫明(1914〜1995)は、長い美術館人としてのキャリアの最後に、初代の横浜美術館長を務めた。そして、同館の開館間もなく、「西日本新聞」の聞き書き連載(後に単行本化)で新たなる公立美術館のあり方を提唱している。それは、昨今盛んにいわれるところの“市民参加型”による“開かれた美術館”なる趣旨だ。
 まず彼は、美術館というものは、これまでのように美術の専門機関であることから脱して、もっと一般市民に親しまれ、役立つものでなければならないというのだ。

 「最近の僕は、美術館の活動を通じて人々に美の心を芽吹かせる春風を吹かせたいと願っています。文化というのは、春風によって人々の心の中に何かみずみずしいものが芽生え、そこからだんだんと育っていくようなものだと思います。その春風を吹かせるのが、私どもの仕事なのです。芸術の心が芽吹いて、ムズムズし始めるような状態がつくり出せたら、それが一番望ましいのではないでしょうか。

 ですから、『市民参加型』の美術館として、平成元年、横浜博覧会とともに開館した横浜美術館では、このような春風を市民に送ることを念願しています。美術館活動が周りの市民、それを支える地域社会と和むことなく、既成文化のお仕着せを強いるようではつまりません」(山本康雄著『美心游歴 河北倫明聞書』)と。

 そうして、彼は館長を務める横浜美術館において、美術館で開催する展覧会のテーマを広く市民から公募し、企画展の内容に反映させようと試みた。それについて、こう続ける。

 「ふつう学芸員は自分たちで展覧会をつくろうと考えていますから『じゃ、自分たちの役目は何ですか』と不満そうでした。

 展覧会というものは、もちろん市民の要望そのままに実現はできないし、学芸員の手腕がぜひ必要だが、しかし、これからは市民の要望をベースに肉付けし、工夫することが大切です。学芸員は進んで市民の美の願いや要望を吸い上げるべき時代にきているのではないでしょうか」(同前)

 この聞き書きが連載されたのは、1991年のこと。バブル経済が崩壊し、平成大不況へと向かってはいたが、未だ好景気の余韻は残り、日本全国で公立美術館の開館ラッシュは続いていた。1980年代、全国各地に建てられた公立美術館は、まさに“ハコモノ行政”の象徴であり、さらにコレクションの目玉となる高額作品の購入と並んで、世界に冠たる経済大国の隆盛を誇示するものだった。そこでは、建物の豪華さや斬新さ、作品収集、大型企画展に注がれる予算額の大きさは話題になっても、本来の公共施設としての美術館のあり方というような問題は、不問に付されてきたといっても過言ではない。

 そんななかでの河北の発言は、一種政治家の公約的な建前と聞こえなくもない。が、戦後日本の官製美術館発展の立役者である彼にとっては、その基本的な存在意義や公共的な文化観を確立できずに、規模と設備が拡大してきた日本の公立美術館の限界と危機感というものがあったのかもしれない。日本全国に美術館なる施設が立ち並んだ後、それを発展させていくためには、誰にでも分かりやすく、受け入れやすい、公としての大義が重要なのだ。その理解が得られないと、時を経て美術館は飽きられ、「税金ドロボー」と言われる存在になりかねない。そうならないためにも、先手を打って、美術館の公共性のあり様を示そうとしたのかもしれない。それが、美術研究としての公的な文化観、芸術観、さらには歴史観の提示という方向ではなく、より多くの人々に開かれた、“皆様のための”公共文化機関という方向を示したというわけだ。

 それから十数年を経た今日、日本の国はもとより地方自治体の財政状況は逼迫し、美術館どころではなくなっている。美術館などは行政のお荷物とされ、各地方自治体では、指定管理者制度導入による運営の民間委託へと進みつつある。そうして、危機感が募る美術館も、“住民に開かれた美術館”をアピールするために、小中学校との連携や、親子のためのワークショップ、ボランティアを活かしたギャラリー・トークやイベント等。とにかくあの手この手の普及活動を展開するようになった。













美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト



















美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト














●美術館の転機

 ところで、当の横浜美術館では、初代館長・河北倫明の“市民参加型”による“開かれた美術館”なるテーマを実践してきたか、というと、それははなはだ疑問だ。例えば、当初河北が提唱した市民からの企画展案の募集とその展覧会実施に関しては、一度募集をしたことはあるのだが、寄せられた案は現実性に乏しいものが多く、結局実現できなかったという。そうして、市民参加型の美術館なるテーマは影を潜めるのだが、首都圏でも有数の大型美術館で、立地条件もよい同館は、今年(2005年)の〈ルーヴル美術館展〉、昨年の〈東山魁夷展〉等、新聞、テレビ各社との共催による大型企画展が盛んに開催。日本全国の公立美術館のなかでは、集客力があり、予算的にも恵まれてきた方だという。そんななか、企画展の規模や、カタログ製作、さらに関連事業等も充実し、まさに典型的な教養啓蒙型の美術館として展開してきたといっていいだろう。

 しかし、横浜美術館も“美術館冬の時代”といわれる状況に無縁ではない。横浜市は公的施設の指定管理者制度導入による、運営・管理の移行を決定。当然、美術館も例外ではなく、その対象となり運営者の公募を行なうことになった。そんななかで、民間も含めた新たな美術館運営に対応するために、従来の美術ファンを対象とした教養啓蒙型からの多少軌道修正は致し方ないというわけだろう。その対応策として浮上してくるのが、“市民参加”の“開かれた美術館”なるスローガン。そこで、特にクローズアップされる対象が“子供”という存在。さらに、予算削減が強いられる折から、これまで以上に所蔵作品を活かした展覧会が注目されることになる。

 この夏、横浜美術館が開催している〈わたしの美術展−『市民が選んだ』横浜美術館ベスト・コレクション〉(7月29日~8月31日)は、まさに昨今の公立美術館の現状を象徴するような内容だ。同展は昨年(2004年)、開館15周年記念として「横浜美術館コレクション 私が選んだこの1点」と銘打ち、一般に同館コレクションから最も好きな作品を募集。寄せられた2500通にも上る応募結果を基にして、人気の高かったベスト25を中心に、同館コレクションの中から約160点の作品を、6つのテーマに分けて一堂に会する。そこでは、応募した市民の各々の作品に関するコメントを展示作品に添えたりしながら、“市民参加型”の展覧会を意図するとともに、夏休みにちなんだ子供向けのプログラムを数々用意、展開して、より幅広い層に開かれた、社会教育施設としての美術館のあり様をアピールする。

 現在、同館は約9500点に及ぶ所蔵作品を有し、常設展示として順次公開されている。が、年間の常設展示で並ぶのは、そのうちのごく一部。また、企画展中心の日本の美術館にあっては、入館者のうち常設展示に目を向けるのは、実際一握りに過ぎない。本来、美術館というものは、コレクションを軸に展示・研究活動が展開されていくものなのだ。が、日本の美術館、特に公立美術館の場合は、企画展の活動が中心で、各館が豊富なコレクションを有しながらも、開館当初以外人々の目は常設展示室には向かず、次から次へと大手新聞社、テレビ局の事業部が主催する企画展に注目が集まるばかりだ。

 そんななかで、ある意味、多額の税金を投入された公共財産としてのコレクションの全貌は、納税者である市民に一挙に公開されることはなかった。そのために、公立美術館としての基本事業の一つが、理解されないままできたともいえる。それが、昨今の財政難からくる美術館“冬の時代”において、図らずも日本の公立美術館が本来の美術館のあり様を模索するようになったというのも皮肉なものだ。が、各自治体の財政難による美術館予算削減のなかで、各公立美術館も企画展の数が減少し、その代わりとして、所蔵品を用いた展示企画が多くなったことは確かで、まさに不幸中の幸いでもある。










美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト



































美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
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美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
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美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
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●美術館の普及活動の課題

 今回の企画においても、本来市民に対し美術館の存在や活動の意義への理解を得なければならないという意識と、そのためには市民の公共財産なる美術コレクションの積極的な公開による活用が重要な課題であることは伝わってくる。だが、それも少々不十分という印象は否めない。

 市民から好きな作品を募り、その要望に応えるという、リクエスト方式はいいのだが。まずそれ以前に、9500点に上るという収蔵作品の大部分が展示されることもなく、収蔵品カタログに掲載されているとはいっても、リクエストした人々が、一体どれほど同館のコレクションの全貌を理解して、応募したことだろうか。具体的にどういう方法がとられたかは分からないが、今回の展示作品を見ても、常設展示室に頻繁に並んでいたり、カタログにも主要作品としてカラー掲載されていたりするものが圧倒的に多い。つまり、ほとんどの人々が、美術館のコレクションの全貌を実際に見たこともなく、把握できているとは思えない。

 ならば、まずは9500点に及ぶというコレクションを一点でも多く、来館者の目に触れさせることが肝要なことだろう。“開かれた美術館”を標榜するための第一歩としての企画であるならば、まず、すべてとはいわなくても、せめて半数の4000~5000点の作品を、企画・常設展示室はもとより、エントランスなどにも臨時壁面を設けて、一堂に会すということをしてもよかったのではないか。もちろん、日本画のように保存上の問題から、長期間展示できない作品は、展示換えしてもいいだろう。日本の美術館では、紙本作品の保存問題などから、展示期間や展示数を制限する傾向にあることは確かだ。そして、その方が一作一作よく見えるという印象もある。そうすると、例え来館者が常設展示に足を運んだとしても、結局はコレクションのほんの一部しか見ることができない。なら、この機会に少々、雑然として見難くなっても、これまで余り日の目を見ることのなかった作品も含めて、大蔵ざらいの感覚で展示室に作品を溢れさせ、そこから、来館者に、“私の好きな作品”なる投票をしてもらう方が正攻法だったのではないか。

 かつて河北倫明が語ったような“市民参加型”の“開かれた”美術館を目指すのなら、昨今に情報公開なる見地からも、コレクションの全貌を各々の作品の質の良し悪しは問わずに公開することが、その第一歩となるのではないか。その上で、市民からの応募によって、皆様の興味を展示に反映させるということも、真に有効なものになってくる。そういう過程を経ずに今回のような企画を立てても、一つの方便のように思えてしかたがない。

 また本展では、ボランティアを採用して、様々な子供のためのプログラムが展開されていることが、同館の新展開だということだ。ボランティアによるギャラリー・トークやワーク・ショップ等は、これも美術館の危機が言われて以降、全国の公立美術館に広がってきた。ボランティアを活用することで、経費をかけることなく、市民サービスの充実を図ろうというのが、その趣旨だ。

 今回は特に、夏休みということもあって、子供向けのイベントやプログラムが中心に企画された。小学生向けと中学生向けの二種類の観賞用ワークシートを作り、親しみを持って美術作品に接し、かつ、自分自身の感想を言葉にしてもらおうという。今日の芸術科目の教育要項のなかでは、従来の制作重視から鑑賞力の充実に力が注がれるようになっていることを背景として、特に公立美術館も、総合的学習の時間も含めて、義務教育の一部として活用してもらおうという意向が強いのだろう。今回の内容も、一種そうした昨今の教育状況を反映したものではある。ワークシートを用いた子供のための美術鑑賞の促進。そのなかから、面白い文集をホームページに掲載、応募者には記念品を用意するなど、鑑賞教育にいたれりつくせりという感がある。で、その成果はというと、夏休みということもあって、子供の入館者は多い。

 また、子供以外にも、美術鑑賞というものに対する刺激と理解を目指す意図は感じられる。同展担当の沼田英子学芸員は「鑑賞者として自分の好きな作品について、自分の感想や意見を語るということは、大きな喜びではないか」ということから、企画された「好きな作品を熱く語る会」という催しは、その意味でユニークなものではある。これは、15歳以上の来館者同士が、会場で作品についての感想を語り合おうというもの。その対象作品と日時が決まっていて、8月5日と19日は横山大観『霊峰富士』と下村観山『小倉山』、8月12日と26日は片岡球子『富士』。とかく美術館というと、美術作品の知識を受け取るとう印象が強いなかで、ギャラリー・トークのように、知識を聞くのではなく、一般の来館者が、能動的に自身の言葉で、絵についていかに語るかというのは、実に興味深い試みではある。

 そこで、8月12日に「好きな作品を熱く語る」の催しに足を運んだ。すると一人のボランティアが片岡球子『富士』の前に立ち、その周囲には数人の中年女性ら。近づいて聞いてみると、“熱く語る”というより、ギャラリー・トークに鑑賞者との掛け合いを加えたとい印象だ。もちろん初対面の者同士、そうそう自身の感想や意見を積極的に話すというのは難しいことではある。例えば、『富士』の前で、「この富士はどう思われます?」とか「富士山に実際登られたことがあります?」といった話題をボランティアの女性が振って、作品に入ってもらおうという気持ちは分からなくはないのだが、そう簡単に話がはずまない。第一の印象では、“好きな作品を語る”というのが、何か美術作品の好さを見つけ、それを理解しなければならないという意識がやはり強いのではないかという気がした。しかし、ひとには、好きもあれば嫌いもある。美術作品に限らず、ものを語るということは、むしろ悪口の方が、ラフに本音が出せるということもあるのではないか。例えば、「文化勲章受章の高名な画家の作品だというけど、一体どこがいいんでしょうねぇ」「こんなものに多額の税金を使うなんてどうかしてる」というような。

 結局のところ、この催しが、ボランティアの主導によるギャラリー・トークの延長にしか感じられなかったのは、どこかに、美術というものに対する構えがあるからではないか。観客はもとより、ボランティア自身にとっても、だ。

 今日の美術館において、ボランティアの存在は大きくなりつつある。特に、ギャラリー・トークをはじめ、観客との接点となる役割において。ただ本当に、ギャラー・トークをはじめとする役割をボランティアに任せるというのが的確なのか、私ははなはだ疑問だ。美術作品の魅力を語るというのは、そう簡単なことではない。“語り”というのは、相当に熟練と経験がとわれる。それも、今回のように、一般の観客に話を促し、それを広げていくとなると、相当な話術と展開能力がとわれる。もし、今日の美術館が、真剣に観客との接点の充実を図り、“親しみやすい”“開かれた”美術館を目指すというのなら、むしろギャラリー・トークなどこそ、話術の専門家を起用し、そのノウハウを模索することが必要ではないか。

 今回の横浜美術館にみる試みは、今日の日本の美術館が抱えている様々な問題と、とりあえずの具体的な現状打破への姿勢が如実に浮かび上がる。ただ、それが本当に従来の日本の美術館のあり方からの脱却と方向展開を目指すものなのか、それとも単なる一時しのぎの対応なのか。そこのところが、まだまだはっきりとはしない。













美術館の“大義”
文●藤田一人
Kazuhito Fujita
美術ジャーナリスト


















●指定管理者一般公募に向けて

 ところで、今年の6月に入り、横浜の中田宏市長が、市の公共施設の指定管理者制度導入に関して、芸術文化施設も例外なく、指定管理者を一般公募すると発表した。その対象となるのが横浜美術館をはじめ横浜みなとみらいホール、横浜能楽堂、横浜市芸能センター。美術館を含め対象となった施設は、いずれも市の外郭団体である横浜市芸術文化振興財団が管理・運営を市から委託を受けて行なってきた。

 横浜市は、2003年の地方自治法改正による「指定管理者制度」の制定により、市の公共施設に対して、逸早く同制度の導入に意欲を示した。ただ、美術館をはじめとする文化施設に関しては、実績のある横浜市芸術文化振興財団を指定管理者としいて、管理・運営を委託する方針だったという。また、この10月に開館する「横浜市民ギャラリーあざみの」の指定管理者を公募した際、競合する民間企業などを抑えて、同財団が指定管理者に選ばれたということも、それを印象づける。そういう流れが、今年度に入って一変したというわけだ。

 そんななかでの今回の横浜美術館の企画展。展覧会初日の記者会見でも、指定管理者一般公募と今後の美術館の展開に関する質問があがった。そういう意味では、美術館のあり様を考える、グッドタイミングの展覧会だったといえる。

 もちろん、横浜市芸術文化振興財団も公募に参加するということで、従来の運営方針が変るとは限らない。横浜美術館のような大型美術館の運営となると、かなりの運営能力と実績が求められることはいうでもなく、民間企業に比べれば同財団に利があるといえなくはない。ただ、美術館といえども、社会の変化に対応し、そのあり方を問われ、変らざるを得ないということが、時代に突きつけられたということは明らかだ。では、そのなかで、美術館が、時代と社会の人々のニーズに沿ったかたちで、いかなる展望を切り開いていくというのか。いまこそ、美術館が存在する真の大義が求められているといっていい。

 横浜美術館の雪山行二館長は、「一口に美術館といっても、様々な要素がある。例えば、公立の場合、ミュージアム・ショップなどは民間に委託した方がいいかもしれないが、根幹となる学芸活動は主体である公共機関が直接関るべきものだと思います。その意味で、今日の一元的な民活論のようなものは、もうすこし、練った方がいい」と言う。

 今日の公立美術館の問題を突き詰めれば、美術館なるものがいかなる形で、“公共性”なるものを担うのかということになるのだろう。それを公共文化施設として、“市民に開く”という方向性が、最も現実的なものとして浮上し、各館がその方法を試行錯誤しているというのが現状だろう。それを従来のように貸し会場としてスペースを開放することから、コレクションや展覧会の企画・運営を市民にいかに開放するかという方向に向っている。

 開館から15年、横浜美術館の初代館長が語った“市民参加”の“開かれた”美術館なるテーマがようやく真剣に問われ、少しでも実現に向かって動き出すのか、どうか。日本の公立美術館の今後を占う、一つの鍵ではある。


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