連載

              
国立新美術館とは何か?
            
〜あまりにも“日本的”な美術の現実


               美術ジャーナリスト:藤田一人
Kazuhito Fujita

第8回 2月2日 
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 追記
2005年7月


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国立美術館とは何か?
あまりにも“日本的”な美術の現実
文●藤田一人

























国立美術館とは何か?
あまりにも“日本的”な美術の現実
文●藤田一人


















国立美術館とは何か?
あまりにも“日本的”な美術の現実
文●藤田一人





















国立美術館とは何か?
あまりにも“日本的”な美術の現実
文●藤田一人

















国立美術館とは何か?
あまりにも“日本的”な美術の現実
文●藤田一人
■新たなアート・スポットとしての六本木

 
2003年10月、六本木ヒルズに鳴り物入りで、森美術館がオープンした。
 外国人館長の就任、地上52階から東京を見渡せるロケーション、金曜日から日曜までの週末と祝日は午前0時、それ以外も午後10時までの開館時間、などなど。これまでの日本の美術館にはない新しい形の美術館の登場ということで話題をまき、開館記念展「ハピネス」盛況を博した。
 それは、まさに国立新美術館に先駆けるかたちで、上野に代わる新たな首都・東京のアート・スポットのスタートを印象付けたことは確かだ。
私が開館間もない日曜日の夜8時頃に森美術館を訪れた時、入場券を購入するのに20分も並ぶほどの盛況ぶり。チケット売り場への列に並びつつ周囲を眺めてみると、噂どおり若い男女のカップルが多かったが、とりあえずは東京の最新観光スポットを見ておこうという家族連れも結構いた。
 「ハピネス」と銘打たれた開館記念展は、デヴィッド・エリオット館長独特の歴史観、美術観のもと、中世・近世から現代にいたる西洋と東洋の多彩な美術作品を並列する。正直なところ、美術関係者の間でも賛否両論。一般的に見て、決して分かりやすい展覧会ではないと思う。入場料は、展望台も含めて1500円と、美術展の料金とすれば、決して安くはない。
 そんななかで、「ここは、夜景が一番だ」と硝子越しに眼下に広がる夜の東京に見入る年配の女性もいれば、和気藹々と話しながら、展示室を巡り歩くカップルもいる。各々がそれなりにその雰囲気を楽しんでいる、という感じはあるのだが、彼等の多くの主な目的は、美術ではなく、あくまで夜の東京を楽しむための一時をそこで過ごすという印象が強かった。
 勿論、それが悪いわけではない。今日、多くの人々が求めているアート・スポットと言うのは、そういう身近で、かつちょっと非日常的な雰囲気を持つ空間なのかもしれない。事実、森美術館は様々な意味で、それを意図している。従来の美術館のように、社会教育施設としてではなく、それはファッショナブルな都市空間としての性格が前面に押し出されている。そして、その主な対象は、言うまでもなく若者層だ。ただ、それにしては、美術館の規模や料金設定に少々違和感がないでもないが・・・・・・。
 それはそれでいいとして、問題は、そんなに森美術館が展開する同じ六本木に、少々場所は離れているとはいえ、美術団体公募展の拠点となる国立新美術館が開館して、従来の上野以上の存在に成り得るかということだ。
 開館もしていない、未知数の国立新美術館に対する評価として、その点への疑問は結構根強い。



■上野か、六本木か・・・・・・

 その六本木という場所については、以前にも記したように、それが最良の候補地であったわけではなく、たまたま東大生産技術研究所跡地が、同じ文部科学省(当時文部省)管轄の土地で転用が簡単だったということに過ぎない。だから、明治以降、日本美術の発信地であった上野から、六本木に移って、美術団体公募展がどうなっていくのか。その関係者にとっても、圧倒的に未知数の部分が大きい。
 さらに、そのことは、同美術館の企画展示室を借りて主催、または美術館と共催という形で、展覧会を開催することになる各新聞社や展覧会企画会社にとって、どれほどの利用価値があるか、ということについても同様だ。
 つまり、六本木が、東京芸術大学に東京国立博物館、東京都美術館、国立西洋美術館をはじめとする芸術・文化施設を擁し、近代日本の芸術の杜としての歴史を積み重ねてきた上野に対抗し、さらに凌ぐアート・スポットになり得るかどうか、ということだ。
 これに関しては、様々意見と思惑が乱れ飛ぶ。
 まず、美術団体の側で言うと、東京都美術館から国立新美術館への公募展移行推進派の人々には、東京都美術館に比べて国立新美術館の壁面積の広さと施設の充実とともに、六本木という新たな土地の可能性に、美術団体というものの新たな展開への切っ掛けを期待する向きもある。
 「現在の美術団体公募展は、出品者とともに観客も高年齢化が進んでいて、ジリ貧状況にあることは否めない。確かに、上野の地の利や歴史的環境は大きいが、これからはそれだけではだめでしょう。第一、若い人たちを惹き付けられない」
 というのは、二紀会理事長の山本貞さん。
 「例えば、上野の都美術館のようなところだと、一般の人達は、まさに芸術作品を鑑賞するのだと、何か襟を正して、堅苦しい気持ちがあると思う。それに対して、若い人達が多い六本木のように環境に美術館があれば、別に“芸術鑑賞”なんて気取ることなく、気楽にパーッと入ってくるようになるかもしれない。そういう若者達にも我々の公募展を見てもらわなければ、将来はないし、また、そうなることで、公募展の出品者の意識も変わり、各々の作品により現代的な躍動感が漲ってくるかもしれない。と、いう期待感もあります」
 上野という伝統より、六本木という流行の先端の空気を取ることで、美術団体の公募展を時代の趨勢に少しでも引き戻したいというわけだ。
 国立新美術館では、そういった六本木という土地柄に合わせて、森美術館同様、開館時間を夜間まで延ばしたり、レストランやカフェといった施設を充実させたりと、従来に美術愛好家以外の、夜の六本木に遊ぶ若者達をターゲットにした展開を模索していることは間違いない。
 しかし、本当にそういうことで、それまで美術館に足を運ばなかったような若者達の興味をそそり、新たな観客として、国立新美術館に呼び込むことが出来るのか。それに対して、疑問の声も多い。とかく美術に関心もなく、気まぐれな若者達の嗜好を追うあまり、従来の美術団体公募展を支持してきた人達の充足感や安心感を奪ってしまい、それでなくとも斜陽傾向にある集客を、より一層進めるだけではないかという意見だ。
 「美術団体に出品し、またそれを観に来る人々は、東京在住者ばかりではない。むしろ、地方在住者が圧倒的に多く、公募展に際して、全国各地からやってくる。その場合、最寄り駅がJRかそうでないかで、利便性が圧倒的に違う。上野なら地方から出てきた年配者でも分かりやすい。しかし、JRから私鉄や地下鉄に乗り換えて目的地まで行かなければならないというのは、地方からやってくる人々にとっては一苦労なんです。国立新美術館は、東京とその近郊の人達にとっては、地下鉄の六本木と乃木坂という二つの最寄り駅があり、便利な場所かもしれませんが、地方の人々にとってとは、やっぱり不便だ」
 と、从会の会員で、豊橋市立美術博物館の学芸員でもある大野俊治さんは言う。そして、从会では、例え国立新美術館が出来ても、東京都美術館に残ることを決めているという。
 さらに、美術団体公募展の東京都美術館残留を望む人々には、そんな地の利とともに、やはり“上野の杜”という歴史的環境に対する愛着も根強い。特に、東京美術学校から東京芸術大学へと続く、日本唯一の国立美術アカデミー出身者を多く抱える団体では、その傾向が強くあるという。
 「学生時代からそこで育まれてきたという、上野の杜に対する愛着は、単に施設の充実や壁面の広さといった問題をはるかに凌ぐ重要性がある」
 という、東京美術学校、東京芸術大学出身者の声は、確かによく聞く。

■新聞社事業部の認識

 そういった美術団体の意向に対して、戦後の美術展を支えてきたもう一方の雄である新聞社の文化事業は、現状の美術展のあり様や集客等の面から見て、上野と六本木の地の利をどう考えているのだろうか。そして、そのことが、国立新美術館の企画展示室の展開の仕方に、大きな影響を及ぼすことは間違いない。
 一つの意見として、東京都新聞事業局の水野和伸局長はこう言う。
 「国立新美術館に関しては、未だ賃貸条件が確定していないので、何も言える状況に無いのですが、とりあえず、大型の新たな展覧会場として、注目はしています。ただ、我が社が利用する場合、最低借用でも面積が広いために、相当本格的かつ大規模な展覧会にならざるを得ない。そういう場合、昨今の経済事情からすると、完全な自社企画として利用するのは、かなり厳しいというのが現実です。我が社の場合でも、大きな企画になればなるほど、国立・公立の美術館との共催というかたちをとることが多い。つまり、我が社の事業予算と、各美術館の事業予算を合わせて展覧会を企画し、運営しているわけです。ですから、国立新美術館の施設とともに、同館が企画展のためにどれだけの予算を確保するのか。それとも、会場貸しだけで、企画展予算がないのかで、私達の対応が大きく変わらざるを得ない、というのが現実です」
 その企画展予算に関しては、国立新美術館はあくまで要求していく、担当者は語っているが、実際にどうなのかは分からない。
 では、そんななかで、その立地条件と施設の内容のみでいうと、国立新美術館は、東京都美術館にとって代わることができるのだろうか。水野局長は、それに続けてこう言った。
 「あくまで、私の意見で言うと、東京随一の美術展スポットは、やはり上野だと思いますよ。六本木はあくまでその次の選択肢。なぜなら、これまで我が社が主催してきた様々な美術展に関しても、入場者の大多数は中年以上の女性層なんです。つまり、彼女達を惹き付けない限り、美術展の成功はないと言ってもいい。そんな中高年の女性達が、上野か六本木か、どちらを選ぶか?それはやっぱり上野でしょう。例えば、六本木に出来る国立新美術館が夜遅くまで開館していても、彼女達は夕飯の支度などで、現実的に利用できない。なら、夜遊んでいる若者達が、美術館に展覧会を観にいくかというと、なかなかそうはならない。森美術館は若者をターゲットに現代美術の展覧会をやっていくということですが、実際問題として、なかなか大変だと思いますよ。そこで、オーソドックスな美術展となると、尚更でしょう。やはり、上野の地位は、当分不動だと思いますよ」
 それが、現実的な認識と言うべきか。
 では、六本木に建つ国立新美術館とそこを拠点に活動する美術団体は、いかにその現状に対処すべきか。まさに、国の文化・芸術行政と各美術団体の真価が問われるというわけだ。

国立新美術館とは何か?

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