web展評
new 2007.7.6
 web展評 目次

〈ART Lan @ ASIA〉

メッセージを伝える速度
――高嶺格『ベイビー・インサドン』
文●松浦良介 Ryosuke Matsuura
「てんぴょう」編集長
■ART Lan @ ASIA
2007年4月21日〜5月13日
ZAIM
横浜市中区日本大通34
電話045-222-7030

 
力の抜けた、リラックスした雰囲気
 キュレーターに美術家・増山麗奈を迎えた本展は、評論家や学芸員が行うものと一味違って、テキスト先行ではなく中国、韓国、日本各国の美術家が作品を持ち寄ってでき上がったようなどこか力の抜けた、リラックスした雰囲気漂うものであった。
 増山は1976年に生まれ、東京芸術大学中退。現在二児の母である一方、反戦アート集団「桃色ゲリラ」を主催。作品発表だけでなく護憲派代表として、CNNにも出演。
 このような経歴のキュレーターがアジアの美術展を担当となると、冒頭に述べたこととは反対に、どうしても肩に力の入った政治的臭いを感じてしまうかもしれないが、それは本展カタログに載せられた増山の次の文章で消えうせる。
 「今回私は上海や北京、ソウルで彼らの話を聞き、一緒に絵を描き、歌を歌った。単なる奇麗ごとではすまされなかった。作家から、その色を使うならもう下りる!と言われたこともある。一つの展覧会を作り上げるにも、それぞれの思惑が複雑に絡まり合った。互いのキャラが濃すぎて、単純に手を繋いで仲良く!ってわけにもいかないのだ」(本展カタログ“「ART Lan @ ASIA」は未来予想図である”より)
高嶺格作品展示風景  (撮影:AQIRA TANABE)

 このように美術家同士がぶつかり合うことによって作り上げられた展示は、多種多様な作品が並び、ある種混沌さも感じさせた(それもまたアジア的といえば、すこし短絡的か)。ビデオ、絵画、インスタレーションなど作品それぞれが、築80年になる会場のZAIMの雰囲気と絡み合っていた。

■一枚一枚見ていく快さ
 その中でも特に注目したのは、高嶺格の『ベイビー・インサドン』。高嶺は1968年鹿児島県生まれ。京都市立芸術大学卒業。ダムタイプにパフォーマーで参加するなど舞台作品にも関わりも多い。セクシャリティ、マイノリティをテーマにした作品が多いので知られる。
 この作品は、2004年に釜山ビエンナーレで発表され話題を呼んだもので、作品は、270枚の写真とビデオ、そしてテキストで構成される。自らの在日韓国朝鮮人の女性との結婚を題材にしたもので、写真は結婚を祝う人々や、祝いの宴会での楽しそうな光景が主。ビデオは、その宴会の席に登場したドラアグスターの踊りの模様。
 ここまでだとほのぼのとした作品で、特に話題を呼ぶような要素は無いように思えるのだが、写真と並行に記されるテキストを読んでいくと、写真の光景とは対照的なシリアスな内容に驚く。
 それは高嶺が、結婚をすることになった彼女から投げかけられた在日韓国朝鮮人に関する疑問をきっかけに、国家、日本、韓国、戦争などを考えていく内容。
 つまり楽しそうな結婚式、宴会の風景と同時に観る者はそのシリアスなテキストも同時に読んでいくことになる。その対照的な内容に、最初は驚きながら見ていくのだが、一枚一枚写真を見ながら同時にテキストも読んでいくことで、徐々に高嶺の悩みや主張が伝わってくるのだ。
高嶺格作品展示風景    (撮影:AQIRA TANABE)

 この徐々に伝わってくる、というのがこの作品の重要な部分ではないだろうか。270枚もの大量の写真は連続したスナップ写真のように、一枚づつ横一列に並べてある。ゆえに、観る者は自然と一枚一枚見ていくことになり、それが自然に歩みをゆったりとしたものにするのだ。また、テキストも高嶺の独り言のように静かな語り口ではじまり、段々と自分なりに希望を見出していくもので、こちらもゆったりとした速度で、メッセージを発してくる。
 連続する写真を見ると、もしかしたら映像として見せることもできたかもしれない。ただそうなると一枚一枚写真を見ていくような速度では、この作品を見れなくなる。テキストも映像内にテロップのように出されても、それをきちんと追っていくのも難しくなる。
 メッセージを伝える速度、と言えばよいのだろうか。それが心地よい作品なのだ。押し付けでもなく、変に隠すのでもなく見る側のペースで接することができる。
 また、自分の立場や考えを見直すことで、社会へのメッセージが生まれるのだということも思わせてくれる作品であった。何かの思想や主義を掲げなくても構わないのだ、と。
 社会的=政治的と思われがちだが、政治がすでにパワーゲームだけのものになってしまった現在、その“=”は成立していない。社会は政治がどうであれ成長し、変化していくのだ。美術もその社会の中の一部であるが、メッセージを失って久しいという声も多い。高嶺の本展の作品は、そんな状況を打開する大きなヒントではないだろうか。
 同時に本展自体も、政治的なものに足をとられず、各国の美術家がぶつかりあうことで、互いの違いや共通点を見出せるものになっていたと思う。

Copyright (c) 2007 Art Village All rights reserved.