web展評
new 2007.10.24
 web展評 目次

〈Re-Act 新・公募展 2007〉
〈トーキョーワンダーウォール公募2007作品展〉
〈→Y現代美術作家16人展〉


30〜40代になっても中堅といえない“新人”の支援を
文●宮田徹也 Testsuya Miyata
日本近代美術史研究
■〈Re-Act 新・公募展 2007〉
2007年6月3日〜7月1日 広島市現代美術館
広島県広島市南区比治山公園1-1 
電話082‐264‐1121
■〈トーキョーワンダーウォール公募2007作品展〉
2007年6月16日〜7月8日 東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1 電話03‐5245‐1111
■〈→Y現代美術作家16人展〉
2007年6月26日〜7月1日 練馬区立美術館
東京都練馬区貫井1-36-16 電話03‐3577‐1821

 ■企画展の様相を呈していた〈Re-Act 新・公募展 2007〉
  秋の団体展の季節がやってきた。東京で終了しても、院展や二科展などは、全国を巡回している。この国で若手が個展以外の美術展に出品するには、団体に属する、公募展に応募して入選する、自主的に行なうといった選択肢しかない。大型団体で、若手の作品を見かけることは滅多にない。これからの美術を担う作家を、私達は一体何処で見ればいいのだろうか。今回の報告では主に7月前後に開催された、広島の公募展〈Re-Act〉、東京の公募展〈トーキョーワンダーウォール〉、東京の自主企画展〈→Y〉を追うことで、公募展の在り方と若手の動向を探る。
〈Re-Act 新・公募展 2007〉(2007年6月3日〜7月1日広島市現代美術館)の概要を、同Web(http://www.hcmca.cf.city.hiroshima.jp/web/main/special_exhidition.html)から引用する。「全国から作家ファイルと展示プランを公募し、応募された218人(組)の中から第一次審査で選ばれた20人(組)の作家たちの作品をRe‐Act(リ・アクト)というテーマによって紹介する展覧会です」。15歳以上であれば、誰でも応募できる。確かに選出された作家の出身地域は広島に限定されることなく、日本中から集まっている。年齢は20代、30代の若手が圧倒的に多い。第一次審査を通った作家の作品を、美術館は四つのテーマを設けて展示した。展示順に記し、賞を《》で示す。

 ○Relationship 関係(1F)1.小林史子《市民賞》/2.高橋知奈美/3.金子良《審査員賞椹木野衣選》/伸びアニキ〈審査員賞椹木野衣選〉/4.佐藤紫寿代/5.多田友充《審査員賞小松崎拓男選》
 ○Body 身体(1F/B1F)6.東明/7.off nibroll《市民賞》/8.岡孝博/9.天野亨彦《審査員賞清水穣選》/10.栗山斉《審査員賞市原研太郎選》
 ○Replay 再生(B1F)11.井出賢嗣/12.渥美詩子/13.三ヶ尻ゆう/14.大アのぶゆき/15.入江早耶《審査員賞天野太郎選》
 ○Symbol シンボル(B1F)16.Chim↑Pom《広島市現代美術館賞》/17.原田健司《市民賞》/18.吉岡雅哉/19.鈴木一郎太/20.平田立人

 公募展がジャンルによって分けられ、さながら現代美術の企画展の様相を呈していたのが興味深い。キューレーターも公募したら面白かったかもしれない。キャンバスに油彩やアクリル、紙にペンや水彩、写真、鉛合金と鉄を用いた立体など「通常」の絵画・彫刻に分類できるものもあったが、インスタレーション、ミクストメディア、映像、蛍光灯といった「現代美術」的なものさえ飛び越えて、私物をまとめて作品とする、ベッドに作家が寝ている、消しゴムのカスを展示するなど、東京銀座の画廊を巡っていても滅多にお目にかかれない「先鋭」的な作品が並ぶ。
 佐藤寿紫代(さとう・しずよ)の『analysis』(2007年)は、掃除機で吸い取ったゴミを分別しZIP付袋と試薬瓶に入れて壁面に飾り、アクリルケースにゴミを配置した作品を平台に展示するといった、いわばインスタレーションである。ゴミであるにも関わらず塵を一つ残さず取り、もしくは塵の塊そのものを清潔に袋、瓶に入れる。それは、人体が手術台に並べられたような不気味さを見る者に与える。
 平台に乗った作品は非常に「絵画的」構図を持つ。ゴミと意識せずに見れば、長谷川三郎の『都制』(油彩・毛糸・小豆/キャンバス/1937年)を思い起こすことができる抽象性だ。つまりこれらは1960年代の読売アンデパンダンに出現した「過激」な作品ではなく、もっと繊細で、考え尽くされ、計算された、いわば「スマート」な作品群であると言い換えることができる。
 これらの作品が現代の日本の若手の現状を示しているものでなく、特に先端を走っている。選出の趣旨は世界に通じる「現代美術」の創出であると解釈することができる。これらの作品群には、「追憶」「幻想」「儚さ」という共通したイメージを見出せる。自己の過去の記憶を追い、現実と直面せずに消え逝くような虚しさを主題にしている作品がほとんどだ。それは作品の強さがない、選出に偏りがある、見る者の洞察力が足りないといった問題ではなく、率直に「現代」という時代を反映しているに過ぎない。時代を映し出す作品は常に求められている。これからもこの公募展は続いて欲しいと思う。

佐藤紫寿代   『analysis』
  佐藤紫寿代(さとう・しずよ)の『analysis』(2007年)は、掃除機で吸い取ったゴミを分別しZIP付袋と試薬瓶に入れて壁面に飾り、アクリルケースにゴミを配置した作品を平台に展示するといった、いわばインスタレーションである。ゴミであるにも関わらず塵を一つ残さず取り、もしくは塵の塊そのものを清潔に袋、瓶に入れる。それは、人体が手術台に並べられたような不気味さを見る者に与える。
 平台に乗った作品は非常に「絵画的」構図を持つ。ゴミと意識せずに見れば、長谷川三郎の『都制』(油彩・毛糸・小豆/キャンバス/1937年)を思い起こすことができる抽象性だ。つまりこれらは1960年代の読売アンデパンダンに出現した「過激」な作品ではなく、もっと繊細で、考え尽くされ、計算された、いわば「スマート」な作品群であると言い換えることができる。
 これらの作品が現代の日本の若手の現状を示しているものでなく、特に先端を走っている。選出の趣旨は世界に通じる「現代美術」の創出であると解釈することができる。これらの作品群には、「追憶」「幻想」「儚さ」という共通したイメージを見出せる。自己の過去の記憶を追い、現実と直面せずに消え逝くような虚しさを主題にしている作品がほとんどだ。それは作品の強さがない、選出に偏りがある、見る者の洞察力が足りないといった問題ではなく、率直に「現代」という時代を反映しているに過ぎない。時代を映し出す作品は常に求められている。これからもこの公募展は続いて欲しいと思う。
 ■ワンダーウォール色」を前提に制作する寂しさ
 〈トーキョーワンダーウォール公募2007作品展〉(2007年6月16日〜7月8日東京都現代美術館企画展示室B2F)を、広島での展示を目に焼き付けて行く。こちらの概要は以下の通りである。
応募資格:日本在住で35歳以下(平成19年9月30日現在)。グループの場合は、全員が有資格者で全体としてひとつのメッセージ性をもっていること。
 募集作品:平面(絵画、版画、デザイン、写真等)、立体、インスタレーションなどの現代美術。1人(グループ)1点。
「作家ファイルと展示プランを公募」した広島と異なり、実際の作品を郵送するシステムのようだ。審査基準は広島と同様記されていないが、東京都のWeb(http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/wonderwall/index.html)には、「都庁の壁面を、これからの美術を担う新進気鋭作家の作品発表の場にと『トーキョーワンダーウォール』は2000年に誕生しました。毎年行われる全国公募で選ばれた12名の作家の作品がひと月ごとに都庁壁面を飾ります。都庁にお越しの際は、是非トーキョーワンダーウォールへご来場、ご高覧ください。」とあるから、都庁壁面に飾ることが重要視されている。作品のサイズの指定もこのためであろう。
 会場を練り歩くと、広島に対して「通常」の絵画ばかりのイメージが先行する。インスタレーションも「先鋭」的なものはなく、インテリアショップで販売しているような「おとなしい」ものばかりだ。そして「トーキョーワンダーウォール」賞がやたらに目に付く。平面作品部門応募者1026名、入選者84名、入賞者12名、立体・インスタレーション作品部門は、応募者147名、一次審査通過者9名、入賞者1名だから、平面であれば7枚のうち1枚が「入選」ということになる。ブース形式で展示されているので、入ってパッとみて「これは入選では?」と思うと大抵当っている。それ程、「ワンダーウォール色」というものは強い。
牧 孝友貴 『Same as you』展示風景

 例えば入選を果たせなかった牧孝友貴(まき・たかゆき)の『Same as you』(アクリル/油彩/オイルバー/ラッカー/キャンバス)という作品がある。さまざまな画材を混ぜ、ラッカーすら使って描かれた巨大な顔は、ニューペインティングのバスキアに近い印象を与えるが、勢いで描かず時間をかけながら、しかも大胆に描いている痕跡がこの作品には残っている。だからこそ遠くから眺めると深い奥行きが感じられ、近づいてみると細かい線が見る者の目の前に差し迫ってくるのだ。この作品は、ニューペインティング以後の現在の絵画の動向を示す良作であるということができるのだが、残念ながら「ワンダーウォール色」を携えていないどころか、会場で浮いて見える。
 良い作品が受賞するとは限らない、と書いてしまえば単なるワンダーウォール否定と誤解されてしまうが、そういうことをいいたいのではない。牧はこの公募に趣向があわないから応募しないほうが良いといった見解ではなく、作家が「ワンダーウォール色」を前提に制作することは、寂しい限りではないだろうかと思うのである。実際にワンダーウォールを卒業して活動を続けている作家が、自主企画として素晴らしい展覧会を行なった。それが〈→Y〉である。
 ■企画者急病を乗り越えた見応えのある展覧会
  〈→Y(yajirushi "Y")現代美術作家16人展〉(2007年6月26日〜7月1日練馬区立美術館企画展示室 参加作家:浅野満・稲葉有美・上畠益雄・亀井三千代・川端希満子・後藤元洋、佐川悟・鮫島大輔・瀬沼俊隆・高橋香織・内藤範子・西村陽一郎・原田あづさ・水野亮・森井宏青)は、〈トーキョーワンダーウォール公募2003〉に入選した山田徹が企画した。
〈→Y(yajirushi "Y")現代美術作家16人展〉展示風景 
撮影:西村陽一郎
しかしパンフレットによると、山田が病気で倒れたので急遽→Y実行委員会を立ち上げたという。トーキョーワンダーウォール出身の作家は麻生知子のみになってしまったが(2005年)、山田が作家たちに声をかけて実現したことについて代わりはない。
 1958年から1982年の間に生まれ、異なる道を歩んできた作家達による、さまざまなスタイルの作品が展示された。ベテラン勢が展示方法に長けているため、見る者は会場内を違和感なく進むことができる。
 若手の平面も伸び伸びとしている。稲葉有美(いなば・ゆみ)は1976年東京に生まれ、美術大学に通うことなく現在も制作を続けている。
稲葉有美作品展示風景 撮影:西村陽一郎
瀧を主に描いてはいるのだが、根底にある世界には人間が持つ喜びや苦しみが色彩として顕わにされている。シュタイナーがいう色彩が現前していると言えるほどの衝撃がある。稲葉は油のみならず、アクリル、藁、オレオパストなどを混ぜて独自の画材を創り上げる。それによる形の創出も凄まじいものになってきた。
 下に塗り込められるものが透けて見えて上に浮上してくるもの、下に埋め込まれたままになり光が届かなくなってしまったもの、上に描かれているにも関わらず下に潜り込んでしまうものと多種多様で、ここに立ち現れる色彩が更に画面の強度を増す。大学関係ではなくアトリエもなく仕事をしながら制作しているので、多くの作品を一度に量産することができないが、確実な作品を生み出している。
 山田の作品がなかったことが残念でならない。このような素晴らしい企画をするのだから、山田がトーキョーワンダーウォール色を払拭した作品を携えて復活することを期待する。
 ■より一層の美術関係者の支援を
  このように若手が作家として世に出るきっかけ与える役目をワンダーウォールは果たしているし、Re-Actも果たすことになるだろう。しかし現状としては、美術館の貸しの利用予定は既存の団体によって何年も先まで埋まっている。若手は金がない。小さい画廊では小品しか展示できない。今回、山田がたまたま抽選で練馬区美術館の使用を引き当てたに過ぎないのだ。
 公募展を「卒業」した後、30代40代になっても中堅とはいえない。この若手の時期にこそ、個展のみならず積極的に作品を発表し、さまざまな意見を吸収すべきであろう。そのためには既成の概念に頼るだけではなく、若手はもっと積極的にグループを結成し、美術界の大きな流れに立ち向かわなければならない。それに対して、美術関係者はその行動を支援できるような環境を整えていかなければならないのではないだろうか。



■ 宮 田 徹 也 (みやた てつや
 1970年、横浜生まれ。1992年、高校中退。2002年、横浜国立大学大学院修士課程修了。修士論文を「百済観音考」と題し〈日本美術史〉形成の過程を追い、この論考を2004年、明治美術学会で発表。
 また、「イマージュオペラ」「畳半畳」から身体に興味を抱き、ダンス・舞踏・パフォーマンスに対する論考を「ダンスワーク」56(2005年)、57(2006年)号に発表。
 現在は、〈日本戦後美術〉と〈舞踏〉に焦点を絞り、敗戦後の日本における芸術の動向を追う。最近は雑誌「トーキングヘッズ叢書」でダンスの記事を連載し、『池田龍雄画集』では「参考文献表」を担当。

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