● 特別寄稿 ●
2006.8月
 web展評 目次
大いなる無関心とメディアの挑発
――“和田義彦氏盗作疑惑”を巡る美術ジャーナリズム


美術ジャーナリスト
藤田一人  Kazuhito Fujita

 
●すでに忘れ去られたスキャンダル

 「芸術だ! 美術だ!」と言っても、結局のところ、世間の圧倒的多数は、実際に美術作品など見ようと思っていないし、見る意味も感じていない。
 「芸術の権威主義は問題だ!」としつつも、国家的権威は別で、しっかりとその威厳と価値は守られなければならないと、世間の人々は考えている。

 5月末に浮上し、テレビのワイドショーを賑わせた洋画家・和田義彦氏の盗作疑惑。しかし、間もなく村上ファンド・村上世彰代表逮捕に、秋田県藤里町の小一男児殺害、死体遺棄事件の犯人・畠山鈴香容疑者の逮捕、さらにサッカーのワールドカップ開幕が決定打となり、二週間もしないうちに、地味な一画家の盗作疑惑というような話題は、テレビの時間枠からは締め出された感がある。それに代わって、各新聞紙上では社会面のニュースから文化面に移り、美術担当記者による総括記事が掲載されることで、この疑惑事件もとりあえず収束へと向かい、もはや世間からはすっかり忘れ去られてしまった。
ちなみに、“美術ジャーナリスト”と自称する私も、第一報からこの問題には関心を持たざるを得ず、それに加えていつもとは逆に、テレビや新聞、雑誌から取材を受けるという経験をすることになったことが、およそ2ヶ月を経た今では懐かしくすら感じられる。そんなテレビ取材者の美術に対する認識や報道の仕方を垣間見、さらに新聞各社の美術記者による記事を通観して、改めてこの問題を考えてみると、とりあえずはっきりしたことは、最初に掲げた事柄で、多分それ以上のことはなかっただろう。しかし、それこそが、今日の日本の美術状況を如実に示し、さまざまな問題の根源にあるような気がするのだ。
もちろん、今回の盗作疑惑は、日本の美術界に与えた波紋、影響も大きかったことは間違いないが、結局のところ、一画家のスキャンダルとして矮小化されたことは否めない。では、その根源にあるものとは一体何だったのだろうか。


●IT時代の美術認識

  このニュースが浮上したのは5月29日。各新聞朝刊の第一面に、「芸術選奨、和田氏の作品『盗作』文化庁が調査」といった見出しとともに掲載されたことに始まるのだろう。そして、当日テレビ各局の朝のワイドショーが、その記事を取り上げたことで、この話題は“美術”を越えた“社会”問題へと発展することになった。これまで、美術関係の話題で、新聞等の文化面や専門誌以外に注目されるのは、オークションで歴史的な高額がついたとか、文化財や歴史的名作の盗難、破損ぐらいだろう。それが、テレビのワイドショーに連日取り上げられるなど、まさに稀に見る出来事。
 今回の報道は、まず各紙の一面や社会面に載った記事を追うように、テレビの朝のワイドショーが取り上げ、独自の追跡取材を展開。テレビはその機動力を活かして、すぐに渦中の人物である和田義彦宅に対して取材攻勢を掛け、時間をおかずにイタリアのスーギ氏にも直接取材を行うという、いわゆる突撃取材なるものを実践した。そうして日伊二人の画家の対決構図を鮮明にした。さらに昨今のインターネットの普及で、作品図版の入手と比較を迅速かつ簡単にできるようになったことが、いかにもテレビ向けのビジュアルとして効果的だったことは間違いない。今日、画家がホームページを作り、自作や画歴を公開することは稀ではないが、それがこういう形で効果を発揮するというのは、まさに今回の事件というか騒動が、IT時代における新たな美術状況なるものを目の当たりにさせてくれたともいえる。これまで、絵画のオリジナル作品をリアルタイムで見たか見ないか、ということが美術においては大きな関心事の一つだったが、もはやそういうことは関係なくなりつつあるのかもしれない。
 今回、この疑惑を大きくした要因の一つが、基本的には、和田氏の作品とスーギ氏の作品との構図の同一性が実に単純で、分かりやすかったからに他ならない。そういう意味で言うと、圧倒的多数の人々から、明らかな盗作といわれても致し方なかった。普通、盗作や盗用とされる事件はもっと手が込み、巧妙なものという意識があるのだが、今回に関しては、あまりにも単純すぎて、逆に“盗作”“盗用”といった意図や意識というものがつかめない、というのが当初の正直な印象だった。しかし、そのあまりにも単純で、さらにいえば無邪気な様相が、地味な一画家、美術の問題を一般的な事件として、スキャンダラスに膨らませていく要因になったことは間違いない。
 ただ、テレビの場合それに終止する傾向が強い。二人の画家は言うまでもなく、美術関係者や親族、そして美大生等へと取材の枠を広げては行くものの、実際の和田義彦とアルベルト・スーギという画家の相対的評価や位置付け、関係性といった基本的捉え方が確定されないまま、一画家を盗作へと追いやった物語が作られていく。そこに、一般の美術というものに対する無関心ぶりが表れているような気がしたものだ。例えば、「和田義彦は号100万もする売れっ子画家」と言う情報から、「いや、市場性などない」と言う意見まで。スーギ氏に関しても「イタリアもとより国際的に著名な大家」という認識から「イタリア国内でしか評価のない画家」とういうものまで。さまざまな評価が飛び交ったが、結局のところ、双方の画家に関して、はっきりと認識されないまま、二人のキャラクターと盗作という事件性だけがどんどん膨らんでいったというわけだ。
 そんななか、ワールドカップが始まって、ワイドショーでは時間枠もなくなり、この問題が忘れられようとするなか、文化庁が6月5日に芸術選奨文部科学大臣賞の授賞取り消しを決定。さらに、この騒動のなかで発覚した、2002年の安田火災(現・損保ジャパン)東郷青児美術館大賞に関しても、盗作の疑惑が浮上し、授賞取り消しとなる。さらにテレビ、週刊誌に続き、今度は再び新聞が学芸、文化部の美術記者による同問題の総括記事を一斉に掲載。そうした各新聞紙上に展開された“和田義彦氏盗作疑惑”とそれに絡まる問題にも、今日の美術状況が顕著に浮かび上がることになった。

●曖昧なオリジナル概念

  今回の問題において、最も印象的だったのは、当事者の和田氏が新聞やテレビの取材に応じて語った、彼の絵画制作におけるオリジナルという認識だ。彼の発言そのものが、新聞やテレビを通して伝わるなかで、一般の人々には全くと言ってといいほど、彼が伝えたい意味や思いというものは伝わらず、何を言っているのか訳が分からない、という反応ばかりだった。さらにひどい指摘となると、そうした発言に対して、精神分析でも受けるべきだという意見もあったという。
少なくとも、新聞等に掲載された両者の図像を見る限り、スーギ氏と和田氏の図柄はそっくりと言ってよく、それで和田氏が自身の作品にオリジナリティを主張すること自体、多くの人々には理解されないことだったのかもしれない。ただ、それ以上にマスメディアに流れた和田氏の発言自体に揺れが多く、分かりにくいことも確かだった。
 その典型なのが、問題が浮上して最初の時期に発した発言が最もそれを決定付けたと言っていい。
 「平面的に見て『似ている』と言われるかもしれないが、実物は全く違う」(「東京新聞」2006年5月29日付朝刊)というコメントだ。
 ここで和田氏が言いたかったのは、以前からスーギ氏の作品は知っていて、その構図やモチーフは一致する面があるかもしれないが、自身の画家としてのオリジナリティは、例え構図やモチーフの選択の仕方が似ていたとしても、それをどう料理するのかなのだ、ということだろう。つまり、その描き方、筆致やマチエールそして色彩感覚などによる作品の表情が重要なテーマ。構図が似ていても、その作品が醸し出すニュアンスが異なる。その微妙なニュアンスの違いにこそ画家のオリジナリティがある、と言いたかったのだろう。
 この発言が、多くの人々には全くと言っていいほど理解されなかった。ほぼ同じモチーフで同じ構図。それが少々色彩やタッチが違うだけで、真似ではないなどと言えるわけがない。第一、新聞の図版やテレビの画像で見たらそっくりだ。というのが、一般的な感覚なのだ。つまり、絵画を含めて美術、芸術においてもっとも重要なオリジナリティは、その最初のアイデアとその世界観の構築にあるというわけだ。
 しかし、今日の日本の画家も含めた美術家の多くがいかなるオリジナリティの意識を持っているかということになると、どちらかというと、和田氏的な意識を持っている者が多数派と言えるのではないか。また、和田氏がひたすら言い続けていたのは、「絵の真価とは、本物を見なければ分からない」ということだ。それは、日本の多くの画家が、酒を飲みつつ語る話と全く同様だ。
美術のオリジナリティいうものは、その発想やアイデア以上に、画面に引かれた一本の線の緊張感や勢い、筆致の力強さ、色やマチエールの深みにこそある。どちらかというと、欧米の現代作家は、自身のオリジナリティに対して、制作以前の自身の世界観、芸術観のイメージの確立を第一義として主張するのに対して、日本の画家は、自身の手技、皮膚感覚的な微妙なニュアンスというもの重要性に拘ることが多いのだ。
 つまり、和田氏の発言はある意味、日本の絵描きの典型的にものの一つなのだが、結局のところ、そうした発言というものは、単なる画家仲間の言葉であって、一般には通用しないということだ。
 そして、そんな和田氏の典型的な日本の画家的発想と発言。いい意味でも悪い意味でも、日本の画家の本音といえる発言が、この問題を美術家の非常識、日本の美術状況の非常識という方向に話が進んでしまったことも否めない。

●揺れる発言内容

 また、和田氏自身のメディアでの発言自体にも結構な揺れがあった。最初のうちは、スーギ氏との共作(多分“競作”の間違いだと思うのだが)として、あくまで「同じモチーフで制作したもの」と主張していたが、すぐに「スーギ氏へのオマージュ」という言い方に変わった。さらに、文化庁が芸術選奨授賞に関する再審議を行い、授賞取り消しを決定した、前日の6月5日付「読売新聞」(朝刊)には、「盗作、事実上認める 芸術選奨『返上したい』」なる見出しの記事とともに、記者と和田氏の一問一答も掲載紙された。それを読む限り、それまでも、それ以後も、あくまで意図的な“盗作”を否定し続ける姿勢とは、少々異なる発言も目に付く。
 まず、同記事によると、「(スーギ氏の作品の構図を)本人の了解を十分に得ないまま借用していた。社会通念上、盗作と言われても仕方ない」と事実上、盗作を認めたとある。「十分に」という言葉がつくものの、それまでの「スーギ氏から了解を得ていた」というような発言の趣旨とはやはり異なる。以下、読売新聞記者との一問一答を引き写すと。

  
─盗作をどう考えるか
  「写真を借りて加筆したり、相手が認めてなくて同じものをコピーしたりした場合です。私の場合は構図を借りて、私なりのものを加えている」
  ─写真を撮って構図を借りたのか
  「いや、デッサンです」
  ─和田氏がスーギ氏の作品をもとに制作しているとは、スーギ氏は知らなかったのでは
  「私は知っていると思っていた。後にスーギさんに(自分の作品を)みせればいいと思った」
  ─構図借用の了解が十分ではなかったのか
  「そういうことです」
  ─スーギ氏のものを描いたことは認めるのか
  「はい。違ったようなところもありますが、スーギさんの世界です」
  ─作品はオリジナリティに欠けることならないか
  「(自作の証明として)サインをした作品ですから、悪いというのは重々承知しています」
  ─スーギ氏に対しては
  「もう一回、すみませんでしたと誤るつもりです」
  ─関係者に謝罪すべきではないか
  「もうこういう絵を描く気は、100%ありません。でも、過去は過去として消すことはできません」

 以上の言葉が、どこまで正確かものかはわからないが、この短いやり取りのなかでも、和田氏の発言は微妙に揺れ動いている。最初彼としては、例えスーギ氏の構図を借りたとしても自身でデッサンし、独自色を加えているのだから“盗作”ではないというニュアンを込めつつ、描いているものを「スーギさんの世界です」と言ってみたりする。そこには、“オマージュ”という意味も込められているのかもしれないが、“オマージュ”とは、あくまでそれを想う、自身の世界観で他に寄生することではない。そこでは、相手の了承を得ていたかどうかよりも、画家自身の意識というものが最も問われるべきものなのだが、各報道から伝えられる和田氏の発言からは、その意識と意志が非常に曖昧で希薄に感じられるのだ。
つまり、“盗作”などという意識などなく、ただ、無邪気に、他の画家の世界を描いてみました。するとすごく気持ちよく描くことができて、評判もよかった。というような実に軽い印象しかない。それは、画家として、芸術としてのオリジナリティとはどういうものだとか、現代美術における“引用”と“盗用”の差はどうなのか、という以前の問題だろう。
とかく、日本においては、美術家はあくまで作品で自身を表現するものであって、あえて言葉にすることはない、という意識が根強くある。その分、美術家の言葉に対する考えも甘く、希薄になりがちだ。特に、公募美術団体という、美術家同士の枠の中で主に活動してきた者にその傾向が著しい。ほとんど美術のことを内輪で論じているのだから、自分の言葉を理解してくれるだろうという気持ちで語るのだ。長年、国画会を主な活動の場としてきた和田氏も、まさにそうした典型的な日本の公募団体作家の一人なのだろう。が、それは、一歩仲間内を離れたら通用しない。世の圧倒的多数の人々は、美術などに興味もないし、分かろうとも思ってはいないのだ。そういう相手に、美術に関して話すということは、自身の考えやそれに当てはまる言葉というものを、一層深く熟考し、かつ簡潔にすることを心がけなければならない。そうしなければ、伝わらないのだ。もちろん、それを専門とするのが、美術評論家であり美術記者なのだが、今日の情報化社会においては、美術家自身も、作品制作とともに、自身の美術観等を主張する明確な言葉が求められるようになった、ということなのだろう。
●国の権威と関心の落差

  しかし、今回の問題は単に“盗作”という、一画家の創作上の良心、作家活動の是非から浮上し、メディアが取り上げ、世間の注目を集めたわけではない。ことは、“和田義彦”なる画家の仕事ではなく、それを文化庁が、日本の政府が、“芸術選奨文部大臣賞”という形で、優秀な美術家として評価したことにある。美術家を対象として顕彰は多々あるが、やはり“国家”のそれは他にもまして意義深く、尊重すべきものだという意識が一般的にある。それが証拠に、近年和田氏は、2002年に安田火災東郷美術館大賞(今年6月取り消し)、2005年には〈両様の眼〉展で河北倫明賞も受賞しているが、今回のような疑惑が浮上することはなかった。受賞作の傾向もさほど変わりないのだが、だ。
 つまり、今回の問題は、“芸術選奨”という国家の賞というものが問われたということになるのだ。それも、国家が評価した、また、評価すべき作家、作品の芸術性や芸術観ではなく、国の授賞によって付される権威や信頼性というものなのだ。
 ただ、戦後の日本は、一貫して芸術というものに国家的方向性を示すことを避けてきた。そんななか、文化庁はこれまでなら、芸術という専門的価値観、評価に係る問題に関して、早急に結論を出すということはしなかったはずだ。特に、“盗作”という問題は、法的基準がなく、あくまで作家の意志にもとづくもの。そうした問題に関して、例え賞を与えたことに関して問題があるとしても、当人が認めない以上、拙速に、授賞取り消しと言うような判断は避けるべきだという傾向が強いはずだ。
が、今回の場合、テレビを主とする報道によって、一画家の盗作といったことを超えて社会問題化、ひいては国際問題化したことで、文化庁も動かざるを得なかったというのが本音だろう。余りにも眼に見えぬ外圧が強かったというべきか。昨今の行政は、文化行政といえども、ポピュラリティというものを無視できないということなのだろう。そうして、文化庁は、自ら与えた芸術選奨の授賞取り消しを、問題発覚からおよそ一週間という短期間で決定してしまった。
 6月5日の文化庁の決定を前に、各新聞の美術記者達では、「これだけことが大きくなってしまったからには致し方ないだろう」という意見が大勢を占めていた。もちろん、今回の授賞取り消しに関して、致し方ないことは確かだろう。ただそれに関して、もう少し幅広い議論がなれさてもよかったのではないか。
例えば、芸術選奨なるものの今日的意義や評価に関して。昨今、芸術選奨をもとより、日本芸術院賞など、政府の文化関係の賞に対する関心はさほど大きなものだはない。新聞をはじめとするメディアも授賞結果を簡単に掲載するだけで、それに対する論評などほとんど掲載することはなかった。考えてみれば、それほど今日の美術界にとって、芸術選奨なるものが意味のあるものではないのだ。そんな賞を取り消すのか、取り消さないのか、ということを、新聞の美術記者や美術評論家などが、注目する必要もさほどあるとは思えない。実際、今回の和田氏の授賞に際して、画家自身に取材した新聞の美術記者がどれだけいただろう。それにもまして、この騒動が起こるまで、和田義彦なる画家とその作品をしっかりと把握していた美術記者は片手で数えられる程、いや、多分それ以下だ。新聞各社現役の美術記者でもそうなのだから、いわゆる美術の専門家といわれる、美術評論家、大学教授、美術館学芸員などは言わずもがな、だ。
同様のことは、日本芸術院賞、日本芸術院会員、重要無形文化財(人間国宝)、文化功労者、文化勲章に関しても共通する。つまり、今日の美術状況において、国によるそれらの授賞、顕彰制度の意味というもがあまり解されてはいない。というよりも、国が芸術家を評価するなどということに意味などないと思われ、多くが無関心なのだ。
 そんななかで、今回文化庁が早急に授賞取り消しを決定したことに関して、一般的には「当然」という意見が大半を占めるのは分かる。だが、それに元々意味を感じていない美術評論家や美術記者になかには、「政府が美術・芸術を評価・顕彰することにどれほどの意味があるのだろう。芸術に対する国家・政府の判断力など、とかくこんなものだ、ということを認識するためにも、こうした事実を残しておくべきだ」という意見が聞かれてもよかったはずではないか。だが、そんな声はメディア上では皆無だった。
 そして、各紙の総括記事で指摘されたのは、対象分野の幅広い芸術選奨に審査体制、審査方法の見直し。実際ほとんど対象作家の作品を見たこともない審査員が、一部の推薦者の意見を聞き、資料を参照して選ぶというは、確かに問題がある。専門、非専門は別にして、いかに対象作品、作家を審査員が各々に理解、解釈するかということは、芸術選奨に限らず審査というものの基本だ。その実体が浮かび上がっただけでも、今回の問題が美術界に投げかけた波紋として意味はあったといえる。
 また、毎日新聞・三田晴夫記者の「和田氏の盗用疑惑」(6月21日付朝刊)と朝日新聞・田中三蔵編集委員の「和田氏盗作疑惑1ヵ月」(7月5日付朝刊)という、ともにベテラン美術記者の記事には、芸術選奨において和田氏を積極的に押した美術評論家・瀧悌三氏と、瀧氏とともにこれまで和田氏をたびたび論評、支持してきた美術評論家・米倉守氏という、ともに彼らの先輩に当たる新聞記者出身に美術評論家の姿勢に関して触れた。日本の美術界における、評論と評論家のあり様も、今回改めて考えさせられるべきもので、特に、瀧氏に関しては、和田氏を推した審査員としてもだが、彼を長く見続け、支持し続けてきた評論家として、メディアに登場して不用意な発言が目立つ画家に関して、彼の画家としての真価と真意をちゃんとした言葉で語るべきだったことは間違いない。

 こうした様々な問題を孕んだ“和田義彦氏盗作疑惑”だったのだが、結局は、一般社会はもとより、美術界においても、深い議論や考察がなされないまま、刻々と何もなかったかのように忘れ去られていくだけだ。こうした、一種の無関心というものが、何より美術界を越えて、今日の日本の問題を浮かび上がらせているに違いない。


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