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new2005.8.26
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飯村昭彦個展〈芸術状物質の謎2〉

観察によって対象物の“声”を具現化する


文●宮田徹也 Tetsuya Miyata 日本近代美術史
飯村昭彦個展〈芸術状物質の謎2〉
2005年4月27日から5月10日
galleryユイット
新宿区新宿3-20-8 トップスハウス8F
電 03-3354-6808

 飯村昭彦の個展〈芸術状物質の謎2〉が、2005年4月27日から5月10日まで、東京・新宿galleryユイットで行なわれた。2004年から2005年までの新作が主ではあったが、古くは煙突の拓本、1983年の作品、2001年の近作もあった。二枚一組の立体視の作品を一点と考えても、およそ40点はある。
「下井草の駐車場の壁」


 飯村は1954年東京生まれ。桑沢デザイン研究所写真科を卒業後、1983年赤瀬川原平と出会う。『超芸術トマソン』の表紙を飾った、煙突の天辺からの大俯瞰図の写真を残す。その後、「超芸術探査本部トマソン観測センター」の一員として活動する。その模様は、『路上観察学入門』(1986年)に記されている。飯村は、画廊での発表というものに魅力を感じなかったので、最初は個展を打たなかったが、自前のメディアとしての展覧会というものを見直し、発表を始めたと言う。2000〜2002年ギャラリー無寸草において年一度ずつ(2003、2004年は休み)、今回が4回目の個展になる。

 言葉を定義するために、それぞれの書物から引用する。「超芸術」=「超芸術というものは、超芸術家が、超芸術だとも何とも知らずに無意識に作るものであります。だから超芸術には、アシスタントはいても作者はいない。ただそこに超芸術を発見する者だけがいるのです」。「トマソン」=「超芸術の一部門。不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」。「路上観察学」=「トマソンと擬似トマソンの判断をして、トマソン探査を契機としながら、その途上で人の世の生態と構造のディテールが考現学的に観察することにある」。
「次の日行ったら切り倒されていた靖国通り
(新宿歌舞伎町)の街灯の柱の切り株」


 作品の特徴を挙げる。飯村は、路上にある物体を写している。しかしこれが、「不思議な物」に見えない。芸術作品に映るのだ。クリストの布に見えるものは、夜中の新宿の看板である。バーネット・ニューマンの作品を横に倒した様に見えるのは、鉄がむき出しになった標識である。ニコラ・ド・スタールの抽象絵画に見えるのは、トタンである。そしてこれらの作品が、写真であることを忘れる。それ程、絵画的であるのだ。

 具体的に、作品を見る。『次の日行ったら切り倒されていた靖国通り(新宿歌舞伎町)の街灯の柱の切り株』を遠目で見ると、鮮烈な赤と中央の白、右下の白が前面に膨らんで見えてくる。中央、その上を横切る2つのライン、右上斜めのそれは構図的だ。下部に映る台形が、奥に引っ込んで見える。それはまるで、アドルフ・ゴットリーブが描く、抽象表現主義の絵画のようだ。しかしこの作品に近づいて見ると、役目を終えた鉄柱であることに気付く。手前に見えた赤は、内部の塗装であった。白は、その中のゴミだった。奥に広がるように感じていた台形は、鉄柱の台座であった。眼を凝らして見ると、凹凸は消え、唯の鉄柱の残骸にしか見えなくなる。その後、固定観念に縛られている自己を解放して再び作品に向かうと、また一枚の美しい絵画に見えてくるのである。

 飯村の写真は、ポジからの普通のダイレクトプリントであって、画像処理などは施していない。それなのに、描いたような、鮮明な色彩の画面に仕上がるのは、なぜだろう。日本の著名な美術作家で引き合いに出すとすれば、愚直に岡本太郎を挙げることができる。岡本が、対象を自己の思想に引き寄せるようにシャッターを切るのに対して、飯村は対象に呼び止められて、その声を具現化しているように感じる。このような姿勢を保ち続けているのは、「路上観察学」の意識が根底にあるからだと思う。
「新宿駅の空いた看板」


 飯村の「路上観察学」の、独自性を考察する。飯村は、常に自己の持つ「美しいもの」を大切にしている。日常、車で移動していて、気に入った所を見つけては立ち寄り、しげしげ眺め、なぜ美しいと思えるのか自問し、寄ったり引いたりしてよく見る。このよく見ることが、作品の美しさの秘訣にあるようだ。そして「作品」として手中に収めると、対象は偶然にも取り壊されることが多い。だから、壊されてしまい、撮り逃す場面もよくあると言う。つまり、飯村が作品とするものは、既に世の中からは不用の烙印を押されてしまっているのだ。これは、「廃墟」「ノスタルジー」を求める姿勢ではない。飯村は、以下の内容を教えてくれた。


 まるで絵画のような表情を見せる街の放置物=「超芸術」だが、じっくり見れば色を塗られ、スクラッチを入れられ、ワックスを塗り込められる等、絵画と同じ工程を重ねられているので、同じように見えるのは偶然ではない。しかし絵画は表現しようとする「作家性」がつきまとい、何らかの意図を持って制作されているのに対して、「超芸術」の作品は、全くの匿名、または無名性の作業者の、芸術表現を意図しないおびただしい労力でできあがる。一旦は意図やデザインや作為、意識性としてこの世に生まれたものが、だんだんと無名性の行為や自然の風化が加えられることによって、生物としての人間という、自然の一部の方に寄っていくのだ。人間の作品の美しさというのは、無意識の中に内蔵された物ではないかと思う。現に美術家の一部は、自分の中の無意識的な物を解き放つことによって、個性への従属を超えた美を実現できることを知っている。そのための技法が、無名性の行為や自然現象を作品の中に取り入れるための技法だから、両者の間に共通性があるのだ。
「新宿西口の街灯の柱」



 ここで飯村は、近代主義の否定と、自己の作品の本質を語っている。近代主義に対する考えは、1960年代の、現代美術の画家の発想を思い起こさせる。作品の本質にも、納得がいく。鉄柱が破壊されたとしても、撤去する機械の製作者、操縦者は人間である。それによって、「自然」=「無意識の中にある美」に近づいていく。これ程絵画的で在り得ながらも、飯村は、「見ること」=写真に収める。画像処理を施さないこだわりを考慮に入れると、飯村にとっては写真で無ければならないことが推測できる。この絵画と写真の境界線にこそ、飯村の作品の魅力があるのではないだろうか。そしてこのような飯村の発想は、言葉の定義を振り返ると、「路上観察学」の前身、「超芸術」の原理主義を思わせながらも、その展開段階に位置付けることができる。
飯村は何処に位置する作家になるのだろうか。「超芸術」「トマソン」「路上観察学」は、これまで写真史の文脈で語られることは無かった。美術史においても、それぞれの明確な定義/分離/調査/考察が行き届いていない。「観察」されるべき対象にばかり眼を向けられて、写真=作品そのものについての考察は、なされていないのだ。再度、飯村の作品に対峙して、その作品を語る言葉の構築に、頭を悩ませる必要がある。




「展示風景」撮影 飯村昭彦

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