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new05.04.06
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4万人の子どもたちがやって来た!
前代未聞のプロジェクト――金沢21世紀美術館の無謀な挑戦
                            
文●ゴウヤスノリ(ワークショップ・プランナー)


写真提供:金沢21世紀美術館

「金沢市内の子どもたち全員に来てほしいね!」。そんなスタッフ同士の何気ない会話が現実の物となった。場所は「子どもたちとともに、成長する美術館」を特色の一つに掲げ、昨年10月にオープンした金沢21世紀美術館(石川県)。当然子どもとの関わりを重視した活動が注目される。しかし、まさか本当に金沢市内の全小中学生約4万人(教職員、保護者を含む)を開館記念展(2004年10月9日〜2005年3月21日)に呼ぶことになろうとは誰が予想したであろうか。幸いにも私は、その前代未聞のプロジェクト「ミュージアム・クルーズ・プロジェクト」にプログラム指導者という立場で関わらせていただいた。プロジェクトの様子をリポートする。

   
金沢21世紀美術館外観

●日本(世界?)の美術館史上初の試み

 昨年10月にオープンして以来、連日大勢の人で賑わいを見せている金沢21世紀美術館。既に来館者数は65万人を超えた(3月21日現在)。市内の繁華街にほど近く、市役所に隣接した円形平屋の美術館だ。外壁が全面ガラスで覆われており中はまる見え。円い形のまる見えの美術館であることから、ついた愛称が“まるびぃ”。「ミュージアム・クルーズ・プロジェクト」は、この“まるびぃ”に金沢市内の全小中学校95校の約4万人の児童・生徒を無料で招待しようという壮大かつ無謀な計画である。実施期間は昨年11月2日から今年3月4日。のべ57日間を費やした。このようなプロジェクトは、日本の美術館史上、いや世界でも初の試みだろう。
 美術館に子どもがやってくるのは大抵の場合、親が一緒に連れてくるか、美術好きの少数の子が訪れる場合がほとんどではないだろうか。しかし、今回のプロジェクトの場合、金沢市教育委員会との共同事業であり、教育委員会からの命令発動という形で、美術の好き嫌いに関わらず、半ば強制的に学校は子どもたちを美術館に連れてこなければならない。          
 プロジェクト実施の中心になったのは、同館エデュケーターの黒沢伸、そしてアシスタント・エデュケーターの吉備久美子である。彼らはプロジェクト実施の半年前に約1ヶ月かけて、全ての小中学校を訪問し「ミュージアム・クルーズ・プロジェクト」の趣旨について説明して回った。学校側の反応には大賛成という好意的な声がある一方で、そんなことをしたらすぐに作品が壊される、美術館のガラスが割られる、一般客に迷惑がかかる、全校生徒を移動させるだけで一大事、教育的な効果があるのか、など不安や批判的な声も上がった。
 当の美術館にとっても、必ずしも美術好きのマナーの良い観客ばかりが訪れるのではないと心得なければならず、連日何百人という子どもたちがやってくるのだから何が起きても不思議はない。そのため、起こりうる様々な事態を想定、その準備や体制作りに着手し、プロジェクトの実働部隊であるコアスタッフが新たに招集された。学校連絡調整担当、バス配車担当、プログラム担当、ボランティアスタッフ担当、記録・印刷物担当である。私はプログラム作成、サポートスタッフへのプログラム指導を担った。

●子どもたちのガイド役“クル・クルさん”

 エデュケーターと共にプロジェクトを支えるコアスタッフとは別に、現場で実際に子どもたちと関わる専門のサポートスタッフ「クルーズ・クルー」(通称クル・クルさん)が、一般公募によって集められた。その数約110名。「地元にできた新しい美術館に関わりたい」、「海外の美術館で見た子ども向けのギャラリートークに感動した」、「自分の勉強になる」、「家が近所だから」など、その応募動機も様々だ。年齢は20代から70代までと幅広く、定年退職者、元教師、学生、主婦などで、今回の開館記念展に出品されているような現代美術に接するのは初めてという人が多く見受けられた。プロジェクト実施前後に計10日間の研修が行われ、作品に関する情報、子どもとの対応の仕方、事故対策などの重要事項が伝えられた。
 クル・クルさんたちの主な役割は、子どもたちに対するプログラムの実行と会場内をナビゲートするガイド役である。今回のプロジェクトにおけるプログラムとは、「待ち受け型」のギャラリートークを行うこと。単なる一方通行な作品解説ではなく、作品を前に“子どもたちとの対話”を重視したものだ。一般に美術館で行われているギャラリートークは、トーカーと鑑賞者が一緒に付いて回るツアー形式のものが多い。しかし、今回の場合、火曜日から金曜日まで、ほぼ毎日午前と午後の2回訪れる平均300人近い子どもたちを相手にツアー形式で回ることは非常に困難を極める。なぜなら、子どもたちのグループ編成は学校の規模や方針によって異なっており、20〜30人というクラス単位の大規模なものから4〜5人の小グループ、時には個人での鑑賞と様々で、その全てのパターンにあわせてスタッフ人数を確保し、子どもたちに付き添う事は不可能である。よって、必然的に各展示場所での待ち受け型となった。

●“まるびぃ”との遭遇

 子どもたちは真新しい美術館“まるびぃ”に到着するとすでに興奮気味だ。一旦、ホワイエや休憩コーナーに集合し、はじめの挨拶で「走らない」「さわらない」「さわがない」といった鑑賞マナーが美術館側から伝えられる。その後は学校の予定に従い再集合までの間自由行動となる。学校には事前に展覧会の作品について解説した冊子『まるびぃとの遭遇』が配布されており、子どもたちは冊子を片手にお目当ての展示場所へと向かっていく。各展示場所で待ち受けているクル・クルさんたちは、会話を補助する小道具を活用したり、クイズなどを出題し子どもたちを引きつけ、各自工夫を凝らしながら会話を進める。操作が必要な作品以外特にマニュアルは無く、会話の内容は各クル・クルさんに委ねられている。
  
今日は天気が良いので外で挨拶             「ここにはどうやっていくの?」
 金沢21世紀美術館には、建築と一緒に制作されたコミッションワークがある。中でも光庭に設置されたレアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』は子どもたちに大人気であった。一見普通のプールだが、上から眺めるとなんと水の中に人がいるという摩訶不思議な作品だ。子どもたちは、プールの下に人がいるのを発見するや否や、「え?!!どうなってるの?」、
「あっ!プールの下に人がいるよ」
「潜りたい!!」と絶叫し、クル・クルさんたちも冗談まじりに、「あなたたち水着持ってきた?」、「水の中で息は止められる? 練習してから行こうか」などと話しかける。特に低学年の子は、真剣な顔で「水着忘れたどうしよう」、「僕、泳げないよ」とベソをかいている姿もちらほら。展示室内にある専用の入口からプールの下へ行くと、頭上に友達や先生の姿を見つけ、手を降ったり、泳ぐまねをして自由に作品と一体になって楽しんでいる。小難しい解説などこの作品には必要ない。
  同じく、コミッションワークのひとつでアニッシュ・カプーアの『世界の起源』も人気だ。斜めの壁面に大きな黒い楕円の穴のようなものがあり、よく見ると何か貼ってあるようにも見える。見れば見るほど不思議な感覚を呼び起こす作品である。
「描いてある?貼ってある?掘ってある?」
「さあ、みんなこの大きな楕円は描いてあるのかな? それとも貼ってある? ひょっとして掘ってあるのかな?」と言葉巧みに問いかけるクル・クルさん。居合わせた一般来場者も子どもたちと一緒になって「う?ん」と考え込む。「描いてある!」、「違うよ、貼ってあるよ」、「掘ってあるようにも見える!」。子どもたちの意見が出そろうと、「じゃあ、確かめてみるね。普段はやっちゃいけないけど、クルーズだから特別だよ」と断りを入れ、やおら一本の釣り竿を取り出し黒い穴に近づけるクル・クルさん。すーっと竿の先が穴の中に入る。「わ?!!」。驚きの声が展示室内に響き渡る。「その竿に何か仕掛けがあるんだ!」とまだ納得のいかない子もいる。
 やがて再集合の時間になり、鑑賞から戻ってきた子どもたちは少々疲れ気味だが、「あの作品面白かったね」、「私はあれが気に入ったよ」、「あの作品の秘密知ってる?」などと今日出会った作品について楽しげに友達同士語りあう姿は微笑ましい。どんな作品が気に入ったのかこちらも気になる所だ。帰り際、子どもたちを見送るクル・クルさんたちが「また来てね!」と声をかける。「うん、楽しかった! また来るよ!!」と手を降りながら笑顔で答えてくれる。いつも目頭が熱くなる瞬間だ。

●「もう1回券」という秘密兵器
 エデュケーションプログラムの教育的効果というのは、すぐに目に見えるものではない。今回のプロジェクトでも、一部の学校からその教育的効果が懸念された。そこで登場したのが、「もう1回券」だ。これは展覧会会期中に使うことができる小中学生用の招待券で、冊子『まるびぃとの遭遇』に2枚付いている。興味がなければ当然美術館にはやってこない。
「もう1回券」で来た子どもたち
単純な仕組みだが、この券を回収することでクルーズに参加した子どもたちの大まかなリピート率を把握できる。3月21日の展覧会最終日までに回収した枚数は6,708枚。単純計算で6人に1人が再度やってきたことになる。券は2枚付いているため1人で2回来た枚数も含まれるが(中には、友達の使わなかった券を回収し1人で9回来た強者もいる)、それでも少なく見積もっても3,000人以上が再度来館してくれたことになる。
 子ども同士でやってくる場合もあるが、大抵は親やおじいちゃん、おばあちゃんを引き連れ、家族と一緒に訪れる。大人は入館料を支払うため、美術館にとっても収入アップに結びつく仕掛けだ。冊子『まるびぃとの遭遇』を手に回っている子どもがほとんどで、館側のスタッフもクルーズで来た子であるかどうか冊子をみれば一目瞭然である。子どもたちに気軽に声をかけると、「面白かったからもう1回来た」、「学校で来た時は全部回れなかったからまた見に来た」、「お気に入りの作品をもう1回みようと思って」など、うれしい返事が返ってくる。迷路のような館内でマップを広げ得意げに「ここは、僕にまかせて!」、「カプーアはあっちだよ!!」と親を引き連れてお目当ての展示室へと消えていく。そっと後を付いていくと、クル・クルさんに聞いた話をそっくりまねて家族に説明している子どもたちの姿があった。ミニクル・クルさんの誕生だ。

●これから大人になる子どもたちのために
 今回のプロジェクトでは、午後子どもたちが帰った後、これから訪れる学校の教師や保護者を対象に事前視察を実施した。館内を見てもらい、注意箇所の検討、これまでに終了した学校の様子や回り方の工夫などを伝える。
 展示を見てニコニコしながら「すごーい!」と子どものように無邪気にはしゃぐ教師がいる一方で、始終しかめ面の教師がいた。聞くと「この美術館の作品はさっぱり理解できない。こんなもの子どもには絶対楽しめない。そもそも子どもをだしにこうしたプロジェクトをやること自体気に入らない」とかなりご立腹な様子。確かに難解な作品が多い。しかしこれまで訪れた子どもたちの楽しげな反応を見ている側としては、頭ごなしに楽しめないと言われたことに対する反論もある。「将来、子どもたちにあなたのような大人になって欲しくないのです」と喉まで出かかった言葉をグっと飲み込み、「楽しんでもらえるようがんばります」と笑顔で答えた。「まあ、せいぜいがんばりなさい」という台詞を残しその教師は美術館を去っていった。後日、その学校がやってきた際に教師を見かけたが、楽しそうに館内を回っている生徒たちの後ろをヘトヘトになりながら付いて回っていたのが印象的だった。
 プロジェクトで訪れた全ての子どもたちが美術館を楽しんでくれたかはわからない。中にはつまらなそうに帰っていった子どもがいたのも事実である。しかし、後日送られてきた多数の感想や手紙を見る限り、それぞれにお気に入りの作品をみつけ、このクルーズ体験がいかに楽しいものであったかが伝わってくる。
 ある小学5年生の男の子とクル・クルさんとの会話にこんなものがあった。
「僕は将来サッカー選手になりたいと思っていたけど、美術館に来て変わったよ。何かモノを作る人になりたい」
 他にも美術の見方が変わった、いろいろな工夫や表現があって面白い、自分でも作って見たくなったなど、美術という世界を通じて、様々な心の変化を引き起こせた事は、このプロジェクトの大きな成果のひとつであろう。
 ミュージアム・クルーズ・プロジェクトのような大掛かりな計画は、どの美術館でも簡単にできる訳ではない。もちろん金沢21世紀美術館でも今後同じような計画が再度行われる可能性は予算面からも極めて低い。しかし、今回のプロジェクトを通じ、「子どもたちとともに、成長する美術館」として、少なくとも「子ども」という強力なサポーターを手に入れたことは間違いない。

作品を着てファッションショー








「僕ものせてー!!」



子どもたちから送られてきた感想

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