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new2005.11.14
 web展評 目次


転換期の作法|ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術





神とよりを戻す


文●石橋宗明
ISHIBASHI Muneharu
(美術展覧会企画者)


2005年8月2日〜10月10日
 国立国際美術館
 
大阪市北区中之島4−2−55
 電話:06‐4860‐8600(ハローダイアル)

[広島展]
 2005年10月29日〜2006年1月8日
広島市現代美術館

[東京展]
 2006年1月21日〜3月26日
 
東京都現代美術館


 「転換期の作法」に於いて、ポーランドの現代作家ミロスワフ・バウカの作品を見ることができた。展示されたのは2点だけではあったが、どちらも強く印象に残る作品だった。まずは、1998年制作の《φ51×4、85×43×50》について述べてみたい。
ミロスワフ・バウカ(ポーランド 1958−)
《Ø51×4、85×43×50》1998年
木、鉄、塩、プラスティック
Ø51×4cm、85×43×50cm
国立国際美術館蔵
 質素な造りの木の椅子が、天井から吊り下げられている。座板は円形に刳り貫かれ、背の支柱には鉄の輪(手錠)が2個、掛けられている。前方の床に、歩幅ほどの直径の鉄枠が置かれ、内側は塩で埋め固められている。2つの輪(足枷)が、塩の中に並ぶ。一見すると静かな作品だが、眺めている内に、凄惨な拷問のイメージが湧き上がってくる。ナチのゲシュタポが、あるいはソビエト傀儡政権の秘密警察が行った、拷問と虐殺のイメージを喚起する。作品はそれらへの恐怖や怒り、哀しみを宿している(だが私は、宥和の精神をも読み取る)。そして21世紀に入っても尚、世界中で行われている非人道の行為についても、思いを馳せなくてはならなくなる。過去から現在に至るまで、連綿と続けられている人間の蛮行を、縦横に暴き立てるのである。

 日本人である私が、軍国日本の行った残虐行為を忘れることなどできないのは当然だが、同時に、この国の人間が、加害者にも被害者にもなりかねない、そんな危うい時代に生きているということをも、焦燥と苛立ちと共に思い起こさせるのだ。私たちは未だ、軍事に走ろうとする潮流に抗してゆかねばならない次元から抜け切ってはいない。軍隊は、どんなに取り繕ってみたところで、強欲な者たちに仕える、野蛮の集団であることに変わりはない。日本の軍隊は正当で、防衛的なのだと主張するのなら、それは軍隊の本質をはぐらかした虚言である。国外に出向き、金儲けとしての紛争を追い求めるようになれば、軍隊の厄介さ、恐ろしさ、空しさが次々に露呈されてゆくことだろう。拷問行為もその1つである。ことによると日本人は、そういう分野ででも、優等生ぶりを発揮するのかも知れない。

 迫害を加える側の人間が最も恐れるのは、良く生きようと欲する人々である。《φ51×4、85×43×50》に話を戻そう。被害者の足元に凝集する塩は、被害者が流す多量の汗の隠喩だが、それはまた、以下のような人間(人々)であったことを示す痕跡なのである。

 塩は、聖書の言葉を暗示しており、例えば、マタイの福音書の「地の塩、世の光」という記述である。

 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。」(※1)

 塩とは、本来的に良い状態にあることの例えである。私たちは生まれながらにして、良いものを持っている。良く生きることの意味を既に知っているのである。これを意識に上らせながら、見失わないようにするならば、至高の存在との繋がりがより顕著に感じられるだろう。その内的な現実を、各々の生き方に反映させるなら、やがて世界は光(平和)で満たされてゆく。つまり、平和の礎となるのである。私は聖書に親しんでいるとは言い難い者だが、続く「世の光」を読むならば、大方そうした意味に受け取ってもいいのではないかと思う。

 「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升(ます)の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたながたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなた方の立派な行いを見て、あなた方の天の父をあがめるようになるためである。」(同)

 人間の内面は至高の存在と繋がっており、それに耳を澄ますことができるのであれば、また、それに従った振る舞いができるのであれば、その人はより自由な状態にあるのだと言える。それは、生まれながらに具わっていた知識を裏打ちする。しかし、勇気を必要とする生き方でもある。己の悪(闇)を暴き、それらを認識しつつ、統合させてゆく作業が不可欠だからである。

 意識化された知識、そして悪の認識と統合への試みは必然的に、身辺や世界中で起きている不条理を照らし出す。その人の中には、不条理に甘んじたり、同化したりすることなどできない精神構造が立ち上がっている。抵抗は率直な構えなのである。

 破壊をもたらす者たち、あるいは破壊に魅了される者たちもまた、内面の世界では至高の存在と繋がってはいる。故に彼らは、自分たちの行為に怯えなくてはならなくなる。光に逆らって生きることは、潜在的な恐怖を生み出すのである。神の言葉を聞いたと、怪しげな自己正当化を試みたり、執拗に弾圧を繰り返すようになったりするのは、その為である。良く生きようとする人々は、常に弾圧の対象にされ易い。光に逆らい、闇を囲いながら怯えている惨めな自分を思い出させるからである。

 良く生きようとする人々を迫害した者に対して、報復を行ってはいけない。こう説かれたなら、なるほどそれは一理あるものと思う。なぜなら報復は、彼らの名を穢すだけだからである。「地の塩、世の光」であらんと懸命に生きた人々が、憎しみと報復の連鎖など望むはずはない。彼らが望むのは、加害者が自らの悪を認識し、良く生きようと改めること、そして苦しみや哀しみ、怒りに苛まれた側の、宥和の姿勢である。実際、多くの前人らが、精神の次の高みを目指してきた。彼らの大変な辛苦から得られた尊い教訓、そして後を継ぐ人々の勉励、しかしこれらが実を結ぶ時代の到来を遅らせているのは、軍隊と軍需産業である。


 《1750×760×250,3×(55×15×24)》について
ミロスワフ・バウカ(ポーランド 1958−)
《1750×760×250、3×(55×15×24)》2001/2005、
合板、灰、鉄、水のインスタレーション
1750×760×250、3×(55×15×24)cm、作家蔵
photo:Piotr Ligier

 

 壁のような大きな構造体が、展示室を占有する。合板の壁面は、隅々まで灰が塗られている。「入ろうとしても入ることのできない家。入り口がなく、入ることを拒む家。プライヴァシーをプライヴェートに保つ家」である、とバウカは言っている(※2)。凹凸に沿うようにして一周してみると、全部で3つの「水屋」が設けてあるのを目にする。壁面の下方から、細い金属の管が2本伸び、其々、水が流れ出ている。水は水槽が受け、ポンプで循環させている。水屋というのは社寺の手洗い場のことだが、これは私が勝手に言っているのである。水屋と向かい合う展示室の壁には、金属の手すりが取り付けられ、それはちょうど、礼拝者が手を置いて休めるような高さにある。あるいは、水で洗い清めた後に使うタオルを掛けておく為のものか。そんな風に見えたのである。

 

 この構造体の原型は、バウカの実家である。現在は彼のアトリエとして使われている。展覧会カタログに、《生家の図面》1962年、という参考図面が掲載されており、その青写真によれば、屋根が複数設けられた平屋建ての木造住宅で、欧州では一般的に見受けられるようなものであることが分かる。更に見てみると、窓が3ヶ所あり、其々の窓に近いところに雨樋が取り付けられている。とはいえ、3つの窓の内1つについては、その図面では確認できない。しかし、横長で屋根の多い住宅となれば、雨樋は3つ以上取り付けられているのが通常の姿であろうと考えた。

 3

 多くの人は、思春期の終わる頃までは感受性が鋭く、それ故に事物の背後に隠された向こう側までも垣間見ることも稀ではなかった。その能力は、一握りの人を除いて、文明生活を送っている内に、いつしか影を潜めてしまう。感得の能力(それはごく自然に具わっていた)が鈍るので、対象はやがて忘れ去られてしまう。対象というのは、超自然的、霊的とされる存在、あるいは、プラトンの言う真理(イデア)のようなものかもしれない。だが、そんな感覚を持つことができた場所や光景は、そのエッセンスと共に、記憶の棚の中、それも重要な部類の中にしまい込まれている。感受性の力は衰えてしまっているものの、エッセンスだけは静かに醸造されているのである。長く郷里を離れていたりすると、あの森や湖、坂道や路地などは実際どんな風だったのかと思い、確かめてみたい気持ちにさせられる。そこである日、郷里へ足を向けてはみるが、納得する何かが見つかる訳でなく、郷愁は満たされず、依然どこかを懐かしがるような気持ちが残る。エッセンスは、郷里としての場所や風景から得られたものであることには違いないが、それらを受け取ることのできた舞台に過ぎないのであって、本来は、その向こう側からやって来る事象に由来する。それに気付くなら、郷里と向かい合う態度も違ったものになるだろう。
 バウカの建造物は、舞台となった物質界に属する実家と、向こう側からやって来るエッセンスが融合し、生み出されたものではないだろうか。樋を流れ落ちる雨水の音が、開かれた窓から入り込み、部屋の中を幾時間も満たすなら、私は軽い瞑想状態に陥っている自分の姿を想像する。バウカは、何らかの宗教的な昂揚の中に沈潜していったのではないか。その過程で、心身を清める聖なる水のイメージが立ち現れ、それが水屋に類する姿へと定着していった。洗礼者ヨハネが、せせらぎにてキリストに洗礼を施したことから、キリスト教の儀式には水が欠かせぬものとなっている。そんな伝承が、誘発の要因になったと思われる。
 それは貴重な体験である。エッセンスはその人の中に留まり続け、生き方や考え方に少なからず影響を及ぼしてゆく。故に、他者の干渉を受けて希釈されたり、穢されたり、傷つけられたりするのを嫌う。それは高貴で繊細な事柄であって、狭い経験主義的な揶揄を見下すのである。バウカの建造物が、ブラックボックスのごとき様相を呈しているのは、その為なのかもしれない。とはいえ作者の先の言葉、プライヴァシーをプライヴェートに保つ云々は、この作品が帯びている意味を、あれこれと詮索する楽しみを私たちから奪うものではない。彼は自らの体験を導管としつつ、社会との接点に於いて作品を構成し、成立させているのである。
 バウカの構造体、私はこれを祠(ほこら)と見なしている。ならばこの祠に何が祀られているのか、どのような意味が込められているのか、そういったことを以下に考えてみたい。

 4

 作品の壁面に塗られた灰、しかも大量の灰は、どうしてもナチスによる強制収容所を連想させる。ポーランドのマイダネク強制収容所は、アウシュヴィッツを上回る収容規模を持ち、ここだけでも、17万人から23万人もの人々が命を落としたと見られている。マイダネク強制収容所は今日、博物館として公開されており、1日に約1000体もの遺体を灰にした焼却炉が、完全な形で残されている。その焼却炉の左手には霊廟があり、この中には犠牲者の灰が積まれているのである。
 スラヴの人々の間には、火と太陽に対する根強い信仰がある。スヴァロジチ、もしくはスヴァログと呼ばれる神がいて、これは火と天を司る最高神である。竈の火の神だとする具体的な説明もある。この民間伝承と、ナチスの時代の忌まわしい出来事とを併せて考えてみると、この神話に親しんでいたスラヴ人、とりわけポーランドの人々に残る、憂鬱なしこりが見えてくる。マイダネクに積まれた大量の灰は、人間の内面に潜む悪を自覚し、飼い慣らしてゆかねば同じことが繰り返される、そう警告している。それはまた、まるで、火の神スヴァロジチ(ポーランド名)に突きつけられた、疑問符のようでもある。守護神が司る火や竈(かまど)の領分で、大勢の同胞が焼かれたのはどういうことなのかと。竈と聞けば私は、家族の団欒とか温かさを連想し、家族そのものを象徴しているように思う。そういうことからもスヴァロジチは、ポーランドの人々にとって、最も身近な守護神だったのではないかと考える。ところが人々は、その家族もろとも連行され、収容所に送られた。そこで離れ離れにさせられ、ガス室や強制労働などの虐待により殺された。そして最後に、スヴァロジチの焼却炉に投げ込まれたのである。なぜ数多の家族を護ってくれなかったのか。奉り方にでも不満があったのか? そうしたわだかまりが今も尚、残っているのではないか。

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 バウカの構造体は、祠としての役割を担っていると私は推測する。大量の灰がその象徴だとするならば、祀られているのはスヴァロジチである。子供の頃、オトヴォツクの実家で出会い親しんだ向こう側の存在を、彼はスヴァロジチと見なしたのだろう。ポーランドは、全人口の9割以上がローマ・カトリックの国だが、キリスト教が浸透する以前の民間伝承もまた、こうして同じ地平に根強く生き残っているのだと言える。だがスヴァロジチに対する人々の評価は、先の大戦を境に大きく変わり、間隙が生じた。バウカは、昔日の神秘的な体験を絶対的な根拠としつつ、そうしたわだかまりは、やがて氷解するものと考えた。《1750×760×250,3×(55×15×24)》は、個人的なエッセンスと、民族に漂う困惑と疑念が交錯する場である。そしてそれは、和解の為の端緒であり過程なのである。
      
ミーラ・プレスロヴァー(チェコ 1966−)
《Two to Two》1999、写真2点組、各150×100cm、作家蔵
パウリーナ・フィフタ・チエルナ(スロヴァキア 1967−)
《少年ダビッド・R.》2004、ヴィデオ、3分30秒、作家蔵
  
引用文献
※1 共同訳聖書実行委員会『聖書』 日本聖書協会  1987、1988 新約pp.6〜7.
※2 展覧会カタログ『転換期の作法|ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術』2005 図版編p.29.
参考文献
大林太良/伊藤清司/吉田敦彦/松村一男編集『世界神話事典』 角川書店 1994.
吉田敦彦監修 橋清一/和田義浩/山本和信/橋雅子/鰆木周見夫著『世界の神話がわかる』 日本文芸社 1997.
 「地球の歩き方」編集室著編『地球の歩き方 チェコ/ポーランド/スロヴァキア '05〜'06年版』 ダイヤモンド社 2005.

■転換期の作法|ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術
 出品作家 パヴェウ・アルトハメル(ポーランド)/アゾロ(ポーランド)/ミロスワフ・バウカ(ポーランド)/パウリーナ・フィフタ・チエルナ(スロヴァキア)/クリシュトフ・キンテラ(チェコ)/ラクネル・アンタル(ハンガリー)/イロナ・ネーメト(スロヴァキア)/ミーラ・プレスロヴァー(チェコ)/セープファルヴィ・アーグネシュ+ネメシュ・チャバ(ハンガリー)/アルトゥール・ジミェフスキ(ポーランド)


■ミロスワフ・バウカ
1958年12月 ワルシャワ近郊のオトヴォックに生れる.
1980‐85年 ワルシャワ美術アカデミーに学ぶ.
1990年 第44回ヴェネツィア・ビエンナーレ アペルト部門、
1992年 ドクメンタ\(カッセル)、
1993年 第45回ヴェネツィア・ビエンナーレ ポーランド館、
2003年 第50回ヴェネツィア・ビエンナーレ、
2005年 第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ、などに出品.
2000年 国立国際美術館(大阪)に於いて個展〈食間に〉を行う

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