web展評
new2005.10.26
 web展評 目次

東洋画次世代展望
韓国画日本画 学生たちの試み




主題重視の韓国画と素材重視の日本画の交流


文●立島惠 Kei Tatejima(佐藤美術館主任学芸員)
8月12日〜19日 東京学芸大学日本画演習室にて日韓学生の滞在制作
8月20日 東京学芸大学美術棟にて座談会・シンポジウム
8月20日〜27日 東京学芸大学美術棟にて交流展
*問い合わせ 東京学芸大学美術講座(荒井経)
電042−329−7580

 〈東洋画の次世代展望〉というイベントが8月12日から27日まで東京学芸大学で開催された。このイベントは、東京学芸大学のキャンパスに韓国高麗大学で韓国画を学ぶ学生を招き東京学芸大学の日本画専攻の学生とアトリエを共有し制作を行う、いわゆるアーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)と、韓日の学生らによる座談会や両国の教員によるシンポジウム、そして滞在制作の成果発表のための交流展で構成された事業である。

 私はこのイベントのシンポジウムにかかわらせていただいたことで幸いこの事業の全体像を大雑把にではあるが見ることができた。そこでここにその内容と感想を記してみたいと思う。

 そもそもこのイベントは前年に韓国高麗大学で行われた韓国画と日本画の交流展がきっかけとなり、その交換事業として行われたものだ。しかし今回は、ただ単に両国各校学生の作品を展示するだけでなく、滞在制作、座談会、シンポジウムが新たに試みられたわけである。

 まず、このイベントで主催者が最も重点を置いていたのが滞在制作である。大学のアトリエに通常の学生の他にほぼ同人数の韓国側の学生が加わり制作が行われた。限られた空間を上手に配分し、時には譲り合いながら制作することで今現在の韓国画、日本画の素材や技法、制作プロセスはもとより表現のバックグラウンドなど、言わば双方の美術の実態というものを互いが肌で感じる有効な手段であったことは言うまでもない。また、事前連絡をすれば関係者以外でもアトリエ見学が可能であったため、実際の制作過程を目の当たりにすることで韓国画、日本画に対する理解を深めた方も少なくないはずである。私の場合は、制作開始2日目と終了の前日にアトリエを訪ねることができた。そして、そこで感じたことはまず、韓国画と日本画の技法的な違いはあまりないということだった。もちろん紙や裏打ち
(註1)の仕方の違いはあるし、絵具については日本画が岩絵具(註2)を多用する傾向があるのに対し韓国画は水干絵具(註3)を主に用いるなどの違いはあるが、テクニックに関して言えば自国の紙に膠を用いて絵具を定着させるという技法には変わりはないと言って良いであろう。





ハングル文字を取り入れた作品
東京学芸大学大学院在学中の千凡晋
(ちょんぼんじん)さんの作品
「Cross Painting Game」(部分)







民画を主題にした作品制作風景
高麗大学学生の高雅彬
(こうあびん)さん


交流展示風景


 それでは、表現についてはどうかというと、韓国側は、民画(註4)やハングル文字を題材にした作品、あるいは身近な人々の日常など風俗的な主題を扱った作品が多く見られたのに対し、日本側の表現主題は多種多様。ただしそこには、日本画とか日本文化などというイメージを見る側に喚起させるような題材や精神はあまり感じることができない。つまり、韓国画と日本画を比較して言えることは、韓国画は素材よりもむしろ表現主題において自国の絵画のアイデンティティーを獲得しようとしているのに対し、日本画は逆で素材(絵具や和紙などの支持体)をいかに駆使し自己の表現に結びつけられるかということに価値を置く傾向があるのではないかということだ。

 そして、日本画のこのような傾向は今回の東京学芸大学の学生だけに限ったことではなく銀座あたりの画廊や公募展などでも見られる状況であると私は思う。
 ただし、この比較についてはあくまでも日本画と今回訪れていた韓国の学生たちが用いていた韓国画の中の彩色画とのことであり、韓国画のもう一つのカテゴリーである水墨画との比較になるとまた別の分析が必要となろう。韓日の水墨画の比較についてはシンポジウムで触れたのでここで紹介しておこう。本来韓国画のルーツは水墨であり、いわゆる文人画の流れを汲み現在に至っているが、日本の文人画
(註5)は明治以降衰退している。シンポジウムのパネリストでありまたこのイベントの主催者でもある東京学芸大学教官の荒井経氏は、現代日本画家の水墨表現は文人画とは全く異なるものでただ単に通常の日本画描写を墨に置き換えたもの、もしくは墨自体は岩絵具で作品を仕上げるための下書きの素材に過ぎないと言っている。

 また、彩色画についても日本絵画からの影響といわれているがしかし、日本の植民地支配による反日運動と共に排斥されたという時代を経て解放60年となる現在ではまた美術界でも教育の場でも彩色画が多く描かれるようになった。という発言が韓国側のパネリストよりあるなど、シンポジウムは各校の教員側から見た韓日絵画の現状や歴史的背景などについて話し合われる場となった。

 このように本イベントは、実際の制作現場とその展示を通して感じることができた韓日双方絵画の現状とその比較、そしてシンポジウムでは教員らによるその現状の裏付けと、そこに存在する社会、あるいは歴史的背景などの検証という韓国画と日本画というものの実態を包括的に考えようとする場であったと思う。

 もちろんさらに掘り下げてゆかねばならない事柄や課題などもあったとは思う。しかしながら、隣国であるにもかかわらず韓国画というものについて知る機会の少なかった私たち(私も含めて特に美術に関係する人々)にとっての助けとなったこと。同時に、今まで自国の中だけでしか議論されることのなかった「日本画」というものが韓国画を知ることで他美術との比較の中で改めて見つめ直す格好の機会となったことは非常に高く評価しなければならないことではないだろうか。

 そして最後に、韓日が政治や経済の面であまり思わしくない関係になっている昨今、このような草の根的な文化芸術活動による双方の友好的な結びつきが、関係の回復もしくは新たな関係の構築に繋がってゆくことを心より願わずにはいられないのだ。
















シンポジウムの様子














スライドを使っての座談会




(註1)絵が描かれている紙や絹の裏に別の紙を張って丈夫にすること。
(註2)岩石を細かく砕き粒子分けした絵具。近代になってからは科学的に精製されたものもある。
(註3)泥や土を水で精製し板状に干してつくった絵具。近代になり人造顔料を加えることであらゆる色がつくられるようになった。
(註4)家を飾りつけたり、末長く幸せに暮らせるようにという祈願のお札の一つとして庶民の間で広まった絵。
(註5)日本の文人画は江戸時代中期以降定着し明治期前半まで受け継がれて来たが、フェノロサの登場により狩野派、円山派が高く評価される一方文人画は衰退していった。

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