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ギュンター・ユッカー[虐待されし人間]
                            
虐待されし人間  ※1

文●石橋宗明
ISHIBASHI Muneharu  画商
(投稿)

2004年5月22日〜7月4日
伊丹市立美術館+重要文化財
旧岡田家住宅(酒造)
兵庫県伊丹市宮ノ前2丁目5番20号
пF072−772−7447


この展覧会は7月18日(日)〜9月12日(日)
栃木県立美術館で開催中

 
「かまど」1992 100×135×80
夥しい数の釘が、容赦もなく打ち込まれている。痛ましく否定的な印象を受ける。ギュンター・ユッカーはギャラリー・トークの中で※2、「素材に暴力を振るう」のだと言った。「創り手自身もまた、暴力を振るうことのできる人間であることを自覚する」ためである。すべての攻撃が悪である訳ではない。破壊から身を守るための攻撃と、破壊を目的とした悪としての攻撃とに選り分けることができる。ユッカーは後者の、悪としての攻撃について内省しようとする。そしてそれが、人間に普遍的に見られる攻撃なのかどうかも洞察しようとしている(あるいはその逆の場合もあるだろう)。日本の剣術の目的が、自らの悪や邪念と対峙し、斬り捨ててゆく精神鍛錬にあることを考えると、両者に相通じる精神を見出すことができるのではないかと思う。
感情の働きが著しく低い精神病質者でない限り、程度の差はあるだろうが、多くの人は善の方向を目指そうとする。それは悪であることに抵抗を覚え、葛藤を抱くからである。バグダッドの刑務所内に拘束されていたイラク人を拷問、虐待したアメリカの軍人たちは、悪についての感情的認識が希薄だったのだろう。軍隊というのは、そうした適正を持つ人間を取り立てる組織なのだ。胸の悪くなるような命令であっても、抵抗を覚えず従うことのできる人間であるならば、重宝がられる場合が少なくはない。しかしユッカーのように、悪と間合いを取りながら向かい合う作業を修行とする人間は、悪に近づき過ぎて染まることもなく、まして同化などという極端なことは起こらない。
「険しい小道」1992  250×25×750
と作者 :写真提供伊丹市美術館

しかし釘を多用した作品は、ユッカーが育んできた思想を表現するための、前段階にあるものだ。木杭と麻布等を用いた次のオブジェ、〈道具(言葉に乗った)〉、〈道具 傷、包帯〉、〈ハロー/まぐわ〉は、展開の道筋を示すものであり、現段階での成果である。
どの作品も、野に晒され、打ち捨てられているかのような風情だ。〈道具(言葉に乗った)〉は、20数点の木製額が床面に並べられ、その上に農耕機具のような「道具」を置くというものだ。各々の木製額には、ドイツ語の単語が白い絵具で書かれているのが見える。それらを訳すと次のような言葉が並ぶ。殴打、告発、破壊、駆逐、拘束、穿つ、絞殺、絶叫、粉砕、打倒、堕落、連行、愚弄、裂く、密告、嘔吐、拷問、哀切、劫罪、咆哮、凌辱、号泣、強奪、折檻、悲嘆、誹謗、絶滅、ざっとこんなところである※3。ユッカーの農耕機具は、拷問と虐待、その為のおぞましい道具を象徴しているのだった。また以下に述べるように、悪としての攻撃は、自然環境にとっても天敵と呼べるものなのである。
自然からの恩恵を刈り入れる作業が悪なのではない。大地(生態系)を痛めつけながら、貪欲に食い尽くしてゆくやり方が悪なのである。例えばそれは、熱帯雨林の大規模な伐採であり、『沈黙の春』や『奪われし未来』が克明に報告しているような、合成化学物質の乱用が惹き起こす生命への脅威などである。また、北米インディアンのホピ族が、彼らの預言の書に基づいて警告するように、大地を凌辱しながらウランを採掘し、原子炉で燃やし、核兵器として使うことが悪なのである。ユッカーの農耕機具は、そんなテクノファシズムの象徴でもある。
「テーブル」1992  200×260×200

このようにして作者は、現代文明の破壊的傾向を「農耕機具」に集約させる。そして、苦痛に苛まれ、哀しみに打ちひしがれた人々の叫びと、無残に破壊された自然の叫びとは、それらを連想させる木製額の上で重なり合う。
 ユッカーの農耕機具は、仏教説話にある鬼子母の話しを彷彿とさせる。鬼子母は千人の子を産み育てつつ、他所の子供を奪って喰う女でもあった。ある日、最愛の末子の姿が見当たらなくなり、狂乱状態で町中を探し歩くが、これは釈迦による戒めだった。諭された鬼子母は罪を悔いて、他者の子供をも育て守る鬼子母神となる。鬼子母は、豊穣のグレートマザーの特徴と、子供を喰って子宮の肥しにするという破壊のグレートマザーの一面を併せ持つ。貪欲が支配するエゴイスティックな状態のままでは、豊穣という肯定的な面も強迫的な無秩序へと陥る。そこで釈迦は、鬼子母に自らの悪を自覚させることにより、高次の使命へと向かわせたのである。他者の苦痛や哀しみをおもんぱかり、同情することができる、そんな感情の深い働きを呼び覚ました。そうすることでやっと、悪を認識することが可能になる。それまでは、快−不快、好き−嫌いといった利己的な感覚しかなかったのだろう。悪を知るなら、良く生きたいという欲求(エロス)が生じる。それは、高次を目指す動機となるのである。
ギャラリートークでのユッカ―氏
 :写真提供 伊丹市美術館

 圧倒的な感情の波が押し寄せるとき、「農耕機具」は停止する。波に洗い清められんと欲するのはユッカーであり、また私たちでなくてはならないはずだ。朽ち果てるばかりのように見える「農耕機具」だが、実のところ変貌を遂げつつある姿なのである。それは神格化、つまり愛へと向かう。だが実際には、愛へと向かうのは機械ではない、私たちである。だからこそ、テクノファシズムが優勢な現代文明を、生命の側に立つ人間的な文明へと移行させることができるのである。
 
※1 [虐待されし人間]は、14点のオブジェと平面的作品、60点のドローイング(単語)で構成されている。制作年は1992−93年である。93年にはその一部が、デュッセルドルフのクンストハレに於ける〈ドイツ的か〉展で発表された。

※2 展覧会初日の5月22日に行われた。聴講者らはユッカーの話しを聞きながら、各展示室を廻った。

※3 これらの人を傷つける概念を表す言葉は、旧約聖書から書き出されたものだという。各展示室を巡るうちに、60ものこうした言葉を目にすることになる。今回の展覧会では、対となる日本語も併せて展示されたが、それらはユッカーによる墨書である。


■ ギュンター・ユッカー Gunther Uecker

1930 ドイツ北部メクレンブルクのヴェンドルフに生れる。
1953 西ベルリンに移住。
1955−56 釘を用いたオブジェを初めて制作。
1965 最初の砂攪拌機。
1966 ニューヨークにスタジオを構える。
1986 チェルノブイリ原発事故に触発され、《灰の絵画》《灰の人間》、空間彫刻《ふき取り》を制作。
1992 ベルリンの外国人排斥と暴力に反対するデモに参加。
1994 クンストハウス・チューリッヒで〈反拷問のアーティスト〉展。
主に欧州を発表の場とし、多くの個展を行っている。カッセルのドクメンタやベニス・ビエンナーレのドイツ・パビリオンを始め、様々なグループ展に参加している。また、ベートーベンやワーグナーの歌劇や楽劇の舞台デザインも担当する。現在はデュッセルドルフで制作。

[日本での主な個展、グループ展覧会]
1984 日本を旅行、木の彫刻を制作。鎌倉画廊で展覧会(東京)。
1988−89 アパルトヘイト・否(ノン)!国際美術展(巡回展)。
1995 〈ギュンター・ユッカー ―浮遊するバランス〉北関東造形美術館(群馬)。日本に滞在し、鎌倉画廊で個展を開催。〈ヒロシマ以後 ―現代美術からのメッセージ〉広島市現代美術館。
2000 アキライケダギャラリー田浦で〈新作展〉、アキライケダギャラリー名古屋で〈雨の水彩〉展。 


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