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山田友造個展
                            
光の意志
文●山本耕一                          Kouiti Yamamoto 美術作家
   (投稿)
山田友造個展
2003年10月30日〜11月4日
ギャラリータマミジアム
名古屋市中区錦3-24-12 玉水ビル2F 
電話:052-957-3603


  山田友造氏は、その長いキャリアを、地道に、こつこつと歩んできた油彩画家で、今回、名古屋市のギャラリータマミジアムにて、初めての個展を開催した。氏の、長いキャリアのうちの、20数年前〜現在に至る作品が並ぶ。
 還暦をかなり越えてからの初個展というと、それだけ聞けば、なにか「自分史出版」のような、いわば「個人的記念」のような意味合いが感じられるが、この場合はまったく違っていて、これは、油彩画による本格的な絵画史への、そして現代アートへの問いかけ……といった、なにか本質的、根元的な部分に迫る可能性を秘めた展覧会である……と感じた。
亀島風景50号F(116.7×91 cm)油彩、キャンバス1990年頃

 「光への意志」……というと、印象派をすぐ想起してしまうし、作者の年齢からしても、そのような印象があるのは不可避かもしれないが……もし、そのような観点からみるならば、今度は、印象派の仕事が、丸ごと、再び現代的な意味を問われかねない……そのような、言い方によっては「波乱を含んだ」極めて静かな作品群であった。
 さほど広くない会場に、50号から100号くらいの油彩画が数点……それを中心に、さまざまなサイズの小品……。モチーフは、風景が中心で、あと、静物。人物画は1点もなし……というと、ごくありきたりの油彩画の個展を想像してしまうし、事実、そのように見てしまう人も多いのかもしれない。
 しかし……、そこには、“光そのもの”への問いがあった。
 この問いに気付き、その意味を考え始めた人にとっては、……会場全体が、たちまち「普通の個展会場」から変質して、「光とはなんだろう?」「ものをみる光とはなんだろう?」と問う、なにか、答の出ない不思議な問いに満ちた空間に変貌していくのを感ずることだろう。
 光に照らされた家々の瓦屋根……(『亀島風景』)、物干しの位置から描いたのか……氏の住まいと仕事場(デッサン塾)のある、名古屋の普通の下町風景……。しかし、そこで問われているのは、「光が存在に化す」瞬間、その、なにか魔法のような一瞬……である。
 光は、外からやってきて、さまざまなものに反射して、我々の目に、世界の像を届ける……。それは、一つの理論的な理解であって、そこで留まる。しかし、では、この絵の中に満ちている、「形となった光」は、どこから来るのだろうか?
 印象派は、普通の解釈においては、外界の事象に満ちる光を、できるだけそのままに描く……、一種、19世紀末から20世紀初頭にかけて、科学理論の発達と双生児のようにして誕生した「描き方」であると理解されている。しかし、では、その光は、どこから来るのか……。
 印象派は、「科学的」、「客観的」と称される形容とは裏腹に、その「印象」は非常にロマンチックで、しかも、描き手のそれぞれの個性が強烈に現れている……ように感じるのは、私だけではないだろう。日本人は印象派が好き……といわれ、その誕生の経緯や理論に全く関心のない「普通の人」の印象派好きのその態度が「表面的」と批判を受けたりもするけれども……私は、そのような「表面的」な見方が、実は、印象派の真実に、意外に近いのでは……と思っ た。
 今回の山田友造氏の個展を見ると、そのことが、非常に良くわかる。作品の中の「光」は、外界から来るように見えるけれども、実は、「人の心」の中からさしてくるものである……彼の作品は、そのことを見抜き、そして、その「心の中の光」の根源を問おうとしている。
 山田友造氏にそのことができるのは、彼の中に、「美術史において、なんらかの位置を占めたい」という欲がないからである。あるいは、そんな欲よりも、作品の本質を追究する欲の方が、はるかに勝っているから……ともいえるかもしれない。
 彼の作品の系譜を過去に遡れば、たとえば、岸田劉生の「切り通しの道」という有名な作品があがるかもしれない。あの作品において、岸田劉生は、「日本の風景」と戦い、「日本の光」と戦った。そして出した一つの結論が、「切り通しの道」であった。
 しかし、その後、劉生は、「絵画史」というより大きなものと戦う道に入る。そこは、日本と西洋との、そして古きものと新しいものとの戦場であり、劉生は、内に秘めた力が巨大であったがゆえに、その戦場を引き受けて、彼の作品は、「切り通しの道」という一つの「無の地点」から大きく変貌していくこととなる。
 しかるに、山田友造氏は、やはり現代の人であり、現代には、もはや劉生のような大時代的な「ロマンティシズム」はあり得ないし、あるとすればそれは誇大妄想か自己欺瞞でしかない。
 氏の作品は、劉生の「切り通しの道」と同様の問題意識から発しながら、全く異なった道を辿ることとなる。氏の関心は、「自分自身にとって、光とはなにか?」というところに集中し、ずっと、その地点を掘り下げていく道を辿ったように思える。
凪(なぎ)100号P(162.1×112.1 cm)油彩、キャンバス2003年

 そして……その最新の回答の一つが、会場の一番奥に輝いていた『凪(なぎ)』である。
100号の画面に、やや俯瞰状態で描かれた波打ち際……。そこには、もはや、「形あるもの」がほとんどない……にもかかわらず、抽象とはあくまで一線を画し、そこには、自然の持つ空間、そして作者の視点が、きちんと、整合性をまったく失わずに存在している。
 劉生の「切り通しの道」の明晰にして判明な理性の眼の世界が全く損なわれずに、しかもすべてが光の粒子と化し、さらにその光の粒子の一粒一粒に、自然の生命の光、いってみれば「神の照明する光」が満ちている……。
 一体どうしてこんなことができるのか……。それは、氏が、画壇の動向や現代美術の華々しい理論等にまったく左右されずに、ひたすらこつこつと、自分の中に問いを造り、そして誠実に、それに答える……という作業を続けてきたからにほかならない。
 ここで、私たちは、先程の「印象派」の真のモチベーションに逢着する。
 印象派の人々を動かし、その作品を形成しつづけてきた本当の力は、「個の中にさす光」であったかもしれない。
 光は、個としての作家の心の中にさしこみ、そして、作家は、それを「外界の光」という、いわば口実を借りて、作品の形に具現化する。しかし、そこに現れるのは、あくまでもマネの光、モネの光、そしてゴッホやセザンヌの光……。
 光は、個としての生命の中にさしこんで、その意味を問う。個は、その意味を、キャンバスの上に、絵具をもって具現化することによってその問いに答えようとする……。
 そのような意味からすれば、人は、「光を導き降ろす回廊」であって、その人にはその人しか導き降ろすことのできない光というものがあるのだ。そして、その光への問いかけは彼の心の中で次第に高まり、ついに一つの「作品」の形となって、誰の目にも見える形となって、この世界に現れる。
 これは、実は、絵画というものが造られる……その意味の根幹にかかわる、一つのきわめて大事な点である。そして、この問いは、新たに産まれてくる人々によって、次々に問い続けられていって、終わることがない。
 なぜならば、「光への問い」は、あくまで「個」によってなされるものであるから……。  
 しかし、その解答は、誰の目にも見える作品という形で、人類の歴史の一つの財産として、私たちの来た道の中に組みこまれ……また、私たちの行く道を照らす道標ともなるのである。
■山田友造 
1938年 名古屋市に生まれる
1961年 東京芸術大学油画科卒業
1964年 第1回YAG美術展に出品(以降、毎年出品)
2003年 山田友造個展 名古屋市ギャラリータマミジアムにて

連絡先
名古屋市中村区亀島2丁目31番3号
YAG亀島美術研究所 内



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