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たかが反戦? されど反戦―アート自立の危機


文●日夏露彦
Tsuyuhiko Hinatsu 美術評論家



 ブッシュ政権のイラク攻撃が秒読みに入った'03年正月明け、横浜の現代美術関係有志が、この戦争には反対する、“ノー・ウォー”意志表明の運動に立ち上がった。

 1月12日、関内駅近くの関内アカデミー・ギャラリーに、現代美術を展開するアーティスト、評論家など20名ほどが集まり、9・11アメリカ同時多発テロ以降、アメリカに報復の資格なしと論陣を張る言語学者ノム・チョムスキーの映像ドキュメンタリー「チョムスキー9・11」を叩き台に意見を交わし、美術家としての運動の立ち上げを決定。ただちにアピール文を採択、先ずは首都圏の関係者に賛同を呼び掛けることとした。

 発起人は稲木秀臣、加藤義郎、鈴木京子、戸村孝子、中島けいきょう、羽月雅人、日夏露彦、藤井建男、真鍋恵美子、丸山あつしの10名。

 1月末賛同53名となった時点で、2月3日、神奈川県庁記者クラブで代表者6名が記者会見、地方紙ほかいくつかマイナー・メディアが報道している。その後賛同者は、開戦前の緊迫もあってであろう、当初の予想をはるかに超え3月には200名に、4月には350名あまりに上っている。現代美術関係が多いとはいえ、さまざまなジャンルのアーティストも名乗りを挙げ、カンパも同時に集まった。

 注目したいのは、公私美術館長兼職も含め美術評論家が早い時期に10名以上も賛同、メッセージを寄せ、まもなく若干名のジャーナリスト、学芸員、ギャラリスト、画商が加わった点だ。この点、その後の情報面で強調され勝ちな東京の現代美術家たちの"殺すな"デモは、3月に入ってから活発化する市民レベルの反戦デモに押される形で立ち上がった観は否めない(発起人のひとり椹木野衣によれば3月11日美術関係者と話しているうちに"突如として思い立ち"始められた)。横浜のケースは、戦後50年の美術史上かってなかったことである。世界を巻き込んで行くこの戦時動向が、再び美術・文化の根幹をいかにスポイルして行くかへの危機感と責任感が、先ずもって内発的に表明され、共鳴をよんだことはきわめて重い意味をもつといえるだろう。


[美術家ならではのアピール]

 ところで、美術家が反戦運動をして独自の説得力をもてるとすれば、作品の発表を欠いてはならないはずだ。戦争は、歴史が繰り返し示すように、アーティストの表現の自由、自立を威嚇し、捻じ曲げさせ、沈黙か追従へと追い立ててきた。半世紀前のいわゆる"戦争美術"の無残さを見よ、である。敗戦とともに、戦犯として断罪されるはずが、米占領軍の政策転換で免れ、画壇に復帰したかっての巨匠や人気作家の厚顔無恥な事大主義、そして国策に迎合した美術ジャーナリズム、評論家、無責任そのものの文部官僚たちを忘れてはならない。自由な作品制作そのものを暴力的に不能にする戦争―それに黙っているとすれば、日頃のアート認識の基本が、疑われて致し方あるまい。それを押し潰そうとするものに異議を唱え、闘ってこそ、本来のアーティストであろう。

 横浜のグループは、言論のアピールに加え、この当然の独自性もプレゼンテーションすることになる。作品の展示で、“ノー・ウォー”の訴えである。要するに、戦争でアーティストの制作の根拠が脅かされるから、反対するのだ、ということである。どんなコンセプトの作品でもいいが、サイズなどいくつかの了解事項を決め、4月1ヶ月間の会期を設定。そして希望者は予想をはるかに超え、95名に上り、ギャラリー空間の都合上3期に分けて、シリーズ化されることとなった。

 関内ギャラリーは、国際港湾都市横浜の古くからの情緒を残すメイン繁華街・伊勢佐木町の一角にあるミ二シアター系映画館・関内アカデミーの4階にある。壁面29m29坪ほどだから、さぞ玉石混交、かってのアンデパンダン展を想わす展示と思いきや、パート1から3まで整然と展示。政治・社会にコミットするときに、ややもすれば作品、プレゼンテーションともに感情に走り、未消化で乱雑なケースがあとを絶たなかった歴史が教訓にされているのだろう。整然としたなかに、怒りを湛えようという成熟した姿勢だ。

 パート1では、戦後一貫して反権力をアピールしてきた池田龍雄、アルミ薬缶などを潰すビート・アートの加藤義郎、シニカル・ユーモアの中島けいきょう、明快なバイオモルフィイズムの稲木秀臣、ドローイング・タッチによる燃える火と言葉を詩的にあしらう藤井建男、墨彩によるブラック・アンド・ホワイトで時代状況の切迫感をアピールする真鍋恵美子、そして世界にアピールする反戦絵本作家田島征三、さらに民俗伝統生かして毒性ある人形芝居が注目の若い世代のだるま森+えりこなど……。

 パート2では、“ほいと芸”の黒田オサムのカリカチュア、現代の不条理感を漂わす内田信、宇宙神話を謳う小野絵里、生木材構築の木村林吉、木片と版画の組み合わせで生態ノスタルジアを謳う五島三子男、照明生かす色彩造形の八島久恵、ヒューマニズム漂う人体彫刻の李赫など……。

 パート3では、妖しいエロティシズム抽象の柏木喜久子、鮮血のリアリティを喚起する川崎恵理、パレスチナの悲劇を映像・オブジェの構成で峻烈に訴える上条陽子、ゴヤ時代となんら変わらない人間の暗愚さを執拗に描く上条明吉、アウシュヴィッツ、原爆投下の悪夢を詩情あるイメージ構成で喚起する首藤教之、グラフィティ感覚で反戦アピールの丸山あつし、衝撃の一瞬を鮮やかに打ち止めるドローイング・タッチの中村陽子、インターネット時代の真偽判断の迷宮をコンセプチュアルに提示する守屋行彬、この半世紀の戦争体験者たちの証しを克明に映像化するビデオ作品の信木総一郎など……。


[デモ活動]

 アピールと賛同呼び掛け、展覧会、と同時にデモ活動も行なった点にふれておこう。

 2月14日夜,なだいなだ、井上ひさし、山田洋次ら文化人呼び掛けの明治公園の国際反戦行動(約2万人参加)に有志数名。3月15日日比谷野外音楽堂の「NO・WAR・on IRAQ」(約5万人参加)に個々数名。同21日芝公園〜鍛冶橋間、東京の現代アーティスト堀浩哉、椹木野衣らの“殺すな”グループも加わる「ワールド・ピース・ナウ」(約2万人参加)に30名以上。4月5日地元伊勢佐木町通りで自主パレードを予定したが悪天候で中止。同26日横浜市民によるパレード「ピース・ナウ・inかながわ」に黒い装束などで、詩人、音楽家などとともに20名以上参加。

 筆者は4度参加したが、安保闘争時の切迫感、盛り上がりにまでは及ばないもどかしさは否めない。物資の飽和と底知れない不景気のアンバランスに自失し、無気力化する圧倒的多数の市民と、示威行動への過剰警備の警官隊の数のなかで、“たかが反戦”でどうにもなるまいという意識は起こりがちだろう。

 で、沈黙していて、どうなるのか……。“されど反戦”と立ち上がったとき、歴史、社会に生きる人間、アーティストとして真っ当な(straight and narrow
way )道を歩めるといえないか。自己を抹殺するものに異議を唱え、闘うのが真っ当な人間の証明であろう。

[商業主義に阻まれるマスメディア、ジャーナリズム]

 ところで、こうしたアーティストたちの自発的に立ち上がった反戦活動に対して、日頃はさまざまな美術情報を流しているマスメディア、美術ジャーナリズムは、ほとんど見て見ぬふりで通している。横浜の場合、地元紙神奈川新聞が社会面でその都度報道しているが、中央紙では地方版のみの小記事に限られ、社会面すら報じず、文化面では一行の告知情報すらなかったといえる。

 わずかに、「新美術新聞」のコラムで、いちはやく賛同を表明していた安井収蔵が知友加藤義郎の反戦活動に共鳴してということで、戦争の愚を語ったものがあるが、辛うじての例は免れない。また、ミニコミ誌「あいだ」は編集人が賛同者のひとりとあって情報を掲載しているが、内輪の壁に阻まれていよう。現代美術の情報量からもわが国で長らくリードする商業誌「BT」は6月号にして緊急特集として戦争と美術を取り上げたが、遅きに失した感は免れない。現代美術をして、政治、社会との関わりで見ようとしない相も変わらぬ欧米追随流行主義、日和見な商業主義スタンスでは、読者も寄稿する論者も、何をいまさらであろう。とくに、巻頭論文で椹木は、今回の反戦言動は"思想運動"ではない、と頭を傾げさせるような言い訳をしていて、受け狙いの日和見レベルをみずから曝したかっこうとなっている。また、それこそ政党イデオロギーに縛られ勝ちな日本美術会は、筆者の呼び掛けで、会員420名が一挙に賛同したことになる(個人単位賛同が望ましかったが、手続き上の問題はあったらしい)が、5月刊の機関誌「美術運動」131号で特集を組み、横浜については比較的ページを割いている。

 それにしてもマスメディアという権力を充分に揮っているような美術記者の姿勢は、惨めとしかいいえないものがある。かつての戦時翼賛体制の教訓はどこにいったのか。ブンヤの悲しい宿命などという口実は通らない。何らかの意思表明があって当然ではなかったか。

 ジャンルを問わずジャーナリストの “社会の木鐸”思想からは腰の引けた姿が曝されたといいたい。

[著名美術家の沈黙]

 日本の著名美術家といえば、ほとんどが高額所得で知られ、作品は国内でしか通用しない薄手な、いわゆる鑑賞画(勿体をつけたパン絵)の大家といって差し支えない。芸術価値よりは市場価値の上昇、各種賞勲、芸術院賞、文化勲章の獲得には専念するが、世界の政治状況がどうなろうと、けっして発言はしないという実態が、あらためて証明された。失笑したのは、5月アメリカ軍がバクダッド攻撃直前になって、“日本画家”平山郁夫が、文化遺産をなるべく破壊しないようアピールしたことだ。ブッシュの文化関係最高顧問たちがすでに辞職するほど、文化遺産など眼中になかったことは、周知だが、平山は戦争そのものには反対してはいなかったのだ。ことほどさように、この国の著名、人気美術家のほとんどは日和見処世に精を出し、いざ鎌倉のときには御用芸術家として旗振りをしようと待機している、といわれても致し方あるまい。亡霊を思わせる"戦争美術"をもう一度思い出そう。

 横浜の「ノーウォー」展の一言メッセージに、私はこう寄せた。 “沈黙は戦争肯定に通じる”。

[成果と展望]

 成果といえば、日本社会のなかで影の薄い、横断性の乏しい美術分野で500名にも満たぬとはいえ、評論家などを含め、反戦のアピールと行動が実現した点はいうまでもない。普段はコンセプトや傾向、所属と縦関係、年代、有名・無名の壁で交流がなかったアーティストがここぞと結集し、どれほど豊かな刺激、狂気の権力への抵抗精神を分かち合ったろう点は、計り知れないだろう。真っ当な精神がなお健在だったのである。それが現代に美術を創る上に各々のベクトルを強めることは、おおいに期待されていい。

 惜しむらくは、横浜、東京、大阪など各地に起こったアピール運動が横断関係を持たず、社会へのアピール度を決定的に高められていない点だろう。また20代、30代の参加の少なさは、ここでも世代間ディスコミュ二ケーションとして、早急に取り組まねばならない課題を投げ掛けた。


[現代美術と政治]

 美術のイマを創り出す上に、ことさら9・11以降、政治への無関心、高見の見物が許されるとしたら、それこそタブーに触れることをタブーとし、思想に高まらないクスグリや茶化しレベルを歓迎する商業ジャーナリズムや"現代"を食い物にする美術関係者、保身の行政の思う壺であろう。

 とすれば、いま進行中の活動・運動の一部に見られる情報価値を狙っての、しかし照れまじりの半端なパフォーマンスはかえって笑い種となろうし、政党イデオロギーが見え隠れする運動も、ともにアーティストの自立をうかがわせるには、問題が残されている。

 有事法制の成立、加えて数に任せて成立しそうな自衛隊派遣のためのイラク特措法によっていよいよ官民大多数がなし崩しにPax Americana戦略の屈辱的な片棒担ぎとなりつつあるいま、アーティストはみずからの自立を保つためには、評論家、美術関係者、市民とともに全国横断の抗議運動に盛り上げる必要に迫られている。横浜や東京の前述のグループは目下継続的にアピール、デモ、シンポジウムを繰り出しているが、以上指摘した問題と取り組みながら、広汎な連帯へと盛り上げたいものだ。




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