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new6.02
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「時間旅行」展 ―TIME! TIME! TIME!
 岩井俊雄、クワクボリョウタ、佐藤可士和、
 tomato interactive、ほか
(→ http://www.miraikan.jst.go.jp/time/navi_crew.html

サイエンス・ミュージアムにおけるアートのかたち
文● 飯田 豊(IIDA, Yutaka) 東京大学大学院修士課程
(投稿)

2003.3.19(水)〜6.30(月)
           日本科学未来館
         江東区青海2-41
         03-3570-9153
 ゾウもネズミも、心臓は約20億回打って止まる。哺乳類の心拍数は、体重の四分の一乗に比例して減少するため、身体の大きいゾウの拍動はネズミよりも遅いためである。つまり、心臓の拍動を単位時間として標準化すれば、どちらも同じ時間を生きていることになる。本川達雄のベストセラー『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書,1992年)は、動物によってそれぞれ時間の流れる速度が違うという生物学的論理を平易に解説し、時計が刻む「時間」の概念が如何に恣意的な人工物であるかということを、われわれに再認識させる著書であった。

 日本科学未来館の「時間旅行」展において、アーティストの田中陽明が手がけた「動物時間」は、この著書のモチーフを実体化する作品である。上述の著書のなかで本川は、「ヒトというものは視覚主導型の生き物である。空間認識はよくでき、サイズの違う生き物がいることは十分に分かる。だが、時間感覚はあまり発達してはいない」と述べているが、この作品は、サイズの違う複数の動物の拍動を視覚化することで、彼らの時間感覚を理解する一助をわれわれに提供してくれる。

 この「時間旅行」展は、歴史とともに変化する「時間」の概念や定義について、あるいは宇宙や地球、生命、物質にそれぞれ宿る「時間」の存在について、メディア・アート的演出に拠って考察する企画展である。会場を所狭しと埋め尽くす18の作品群はそれぞれ、ビッグバンから未来までの時間の流れ、天体のリズム、バイオリズム、彼方の星から地球に届く太古の光、相対性理論、体内時計とDNA、時間認識の錯覚などを主題とし、いずれも認知科学、生命科学、天文学、物理学といった確たる知の体系に裏付けられている。それらの多くは、山口大学時間学研究所の科学者を中心に構成される"サイエンティフィック・ナビゲーター"が監修している。

 この企画展を特徴付ける作品として興味深かったのは、科学未来館職員の島田卓也による「相対性理論で走ろう」と、メディア・アーティストの鈴木康広が手がけた「心拍時計」の二作品である。一方の「相対性理論で走ろう」は、速度が増すにつれて進み方が遅れる時計を持って観客が疾走することで、「時間の進み方さえも相対的なものに過ぎない」という科学的事実を体で理解するという作品。他方の「心拍時計」は、二名のオーディエンスが指に装着した光センサが彼らの心拍数を感知し、それぞれの脈動に同期した光線を、高速で回転するワイヤーフレームの投影面に映し出す。二人の鼓動の違いが、異なる光輝を放つ。

 今年10月に独立行政法人化を控えている日本科学未来館は、「いかに科学技術を分かりやすく伝えるか」というスタンスを重視するサイエンス・ミュージアムである。したがって、しばしばアーティストに作品を「発注」するものの、美術館やギャラリーにおける展示とは違い、この施設に課せられた本来の責務は、アーティスト個人の世界観を示すことではない。それでも今回に関しては、「時間」という緩やかなテーマ設定が功を奏して、サイエンス・ミュージアムにおける一連の展示企画のなかでは際立って、アーティストが比較的自由な発想で作品制作に臨んでいたように見受けられた。岩井俊雄の「マシュマロスコープ」のように、この企画展のために制作されたわけではない作品が、他の展示物と違和感なく共在していたこともその証左であろう。

 展示に至るまでに、科学的事象を展示物として見せる(魅せる)ためのアイデアや切り口について、キュレーターを中心に、科学者やアーティスト、デザイナーたちが長期間にわたる議論を重ねていることは明白だ。高度な「科学技術」をプレゼンテーションする手法として、しばしば援用されがちなメディア・アート。その誤謬から一線を画し、しかし「科学」それ自体のメッセージを刺激的に伝えなければならないという難業に対して、この企画展は一応の成果を示したといえるのではないだろうか。
 








 鈴木康広
 心拍時計
 インスタレーション
 2003年
 

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