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瀬木智子展


心の春
文● 山本耕一 美術作家
 (投稿)

2003年2月24日〜3月8日
会場:ガレリアフィナルテ
名古屋市中区大須4-6-24 成田ビル上前津B1F
電話:052-242-8684
 3月はじめ、まだ冷たい雨に打たれて入ったギャラリー空間には、春の光が満ちていた。
 瀬木智子さんの作品は、先鋭的にアートの意味を問いかけてくるようなスタイルをとらない。むしろそのようなものからはほど遠く、アンテナを立てまくってせかせかとギャラリーめぐりをしているタイプの人々には、まったく無視されてしまいそうなたたずまいだ。
「underground 2003」 各117×117

 でも、いい。
 本質的にすばらしい作品に出会えた……という気持ちになれる、すがすがしく心洗われる作品である。
 さほど大きくもない油彩画で、パステル調の色面構成主体の抽象……と書くと、なんとなく「そうですか」とわかってしまいそうな気分にもなる。こういう作品って、ありますね……という言い方もできる。過去何回か個展を見せていただいていたが、私自身、そのような見方から抜けられなかった。しかし、今回拝見して、「やや?これはちがうぞ……ちがうかも?!」という思いが心をよぎった。
 およそ、作品は、作品の内部で、つまり作品そのものとして論じられるか、あるいは作品の外部、つまりは作者の人となりや時代背景のもとに論じられるか、そのふたつのうちのどちらかである。あるいは、両者を混ぜた論じ方もあるかもしれない。
 しかし、ガレリアフィナルテの静謐な空間で、微笑むごとく春の光を放っている瀬木さんの作品を見ると、そのような論じ方以外に、今まで見えてこなかったような論じ方が必要なのかもしれない……という思いにとらわれた。
 瀬木さんは、すでに長いキャリアを持つ中堅にさしかかった画家であるが、時に深夜に及ぶという忙しい勤めを持ちながら、そのかたわら、年一回というペースで堅実に発表を続けている。制作時間が余りとれず、個展前は睡眠が3時間位になってしまうという。
 作品は、一見すると以前からあまり変化がないように見える。マーク・ロスコ風といわばいえる色面構成。錘(おもり)のとれたマーク・ロスコといったところだろうか。
 そういうふうに私は見ていたのだが……今回の個展で、はっと気づかされた。ゆっくり……きわめてゆっくりではあるが、作品が、着実に進化している……。これを、なんといえばよいのだろうか。作品というものは、やはり進化するものなのである。しかも、作品の生命(いのち)の、その本質的な部分において。
 作品の進化と、作者の意図というものは、もしかしたらかなり別のものなのかもしれない……という不思議な感慨にとらわれた。作者が作品を作る。それは確かなことなのだが、作品の生命の本質的な部分から発せられる作品の声を正確にききわけて、それを具体的な作品のかたちになしていく……そういうことができる作者というものは、もしかしたら、極めて希な存在なのかもしれない。
 瀬木さんの作品を見ていると、実に多くの作者が、作者自身の意図のもとに、さらにいえば作者自身の意図を作品に強制的に押しつけて、作品制作を行っている……とそんな思いにとらわれる。作品自身は確実に存在の声を発しているのだけれども、その声があまりに静かなため、作者自身の強大な声に圧倒されて、ほとんど聞き取ることができない。そのような作品が、あまりに多すぎるように思えてくる。
 瀬木さんが、自分自身の作品の発する静かな声を聞き取り、それを着実に育てていく……ということができているのは、彼女が自分の日々の勤めを大事にし、一歩一歩の着実な歩みを大切にしている……そのことと不可分ではありえないと感じる。もっと制作時間が欲しい……という思いはむろんあるだろうが、その思いを抑える制御力と自身の行程を見通す判断力の正確さ、それが、彼女の歩みを支え、作品の進化を歪めることなく具体化できている、その原動力となっているように思われる。
「underground 2003」 各41×41

 文のはじめに、作品内部でもなく、外部でもない論じ方の存在を示唆したが、瀬木さんのような作品の作り方を正しく見抜くには、この“第3の道”が不可欠であるように思う。それは、具体的な作品の内部にもなく、作者や社会情勢の側にもない、いわば、作品の系列を“正しく”生
出しつづけている、“作品の生まれる本質”を論じることである。
 あわただしいこの国。人は、自分自身と自分自身以外に突き動かされて右往左往しているうちに、いつのまにか年をとってしまう。自分自身でもなく、自分自身以外でもない場所。そのような場所に思いを馳せる心の余地のない社会……。しかし、作品が誕生する場所というものがあるとすれば、まさにその場所以外にはありえない。
 瀬木さんの作品を見ていると、こんな社会にあっても、きちんとそのような場所を踏んで作品を作りつづけている人がいるのだ……とわかって、自分の心の中の大切な場所にもきちんとスポットがあてられたような気分になる。冬の時代が続くように見えても、確実に春の光は近づいている……といえばロマンティックに過ぎるだろうか。
(2003.4.9掲載)
■ 瀬木智子(せぎともこ)

1970年生まれ
1992年 名古屋芸術大学洋画専攻 卒業
個展
1999年、2000年、2001年、2002年、2003年
ガレリアフィナルテにて
グループ展
1991年 break egg shells(三重県美術館)
1992年、1993年 break egg shells(岐阜県美術館)
1994年 otomodachi‐ten(大阪)
1995年 若木の下で傘をぬいで展(名古屋市政資料館)
1996年、1997年 若木の下で傘をぬいで展(愛知県美術館)

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