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生川晴子展


曖昧な確かさ

文●日沖 隆    Hioki Takasi  美術評論家
 (投稿)
■生川晴子 泥の中 展 
2003 1月11日(土)〜2月15日(土)
白土舎
名古屋市中区錦1−20−12
TEL/fax 052-212-4680

■距離と実存の喪失
 今ほど、距離感覚のあいまいな時代はない。何が遠くて何が近いのか、輝きながらすぐにも光を失うイメージやモノたち。また、映像と日常は交錯し、記憶と想像の輪郭は溶け合う。
「ピンクの皺」油彩キャンバス70.3×94.1

対象との隔たりを測りながら、自己の存在確認をしていく私たちの認識は、今、揺らぎの中にバインド(拘束)されている。
生川晴子の茫洋とした画面には、そうした遠近の喪失感と、反芻される残像知覚が、生の状態で投げ出されている。

■視線の引き込みと押し返し
 生川の描く線やフォルムは、なぜか染み、泥、眠り等、漠とした半透明の空間に漂い、「視る」ことのもどかしさをもたらす。 
不透明で不確かな時代を映すかのように、境界が浸透し合う。それはまるで、進もうとしても戻される夢うつつの状態に似て、見る者の視線を引き込みながら押し返す。清廉さと確かな存在感を保ちながら・・。

■変哲もない線と色面の呼吸性
 どの作品もタイトルは身辺雑記的で、一見、変哲もない絵画である。にもかかわらず妙にリアルな印象が残る画面ばかりだ。
「泥の中」と題する作品は、文字通りグレーの濁り空間で、上辺から降りる白い触手のような太線がぎこちない。
山並みや布の盛り上がりのような「ピンクの皺」という作品は、皺のピンク朱だけが自立して、生き物のように浮上する。
「ベビー ヘアスタイル」
油彩キャンバス70.0×90.21

作品―「レモンハット・ヘアースタイル」や「ヘビー・ヘア―スタイル」も、薄塗りの淡いグレーの色相上、ひも状に編まれた焦げ茶色ヘアーがどんと居座り、鈍重な筆触と無造作に浮かぶ樣は、唐突だ。
「睡眠」「午睡の中」の二つの画面も、靄のかかった鈍い色相の中、木や植物形の象は確かで、夢幻のまどろみに包まれる。
「島根」と題する山並みと雲間の青海らしき風景画は、曖昧模糊として掴みどころなく、「左から右」という黄緑と暗緑色がせめぎ合う擬人的なタッチの色面画と同様、呼吸的である。
「家計図」の木枝を思わせる太線と、首飾りのようにぶら下がる細く切れ切れの線は、自然と図象の関係が独自に表出され、紐線が前後に交錯する「リボンから臍の緒イ・ロ」の描線の生動に、ユニークな奥行空間の絵画化が見られる。

■ 残像的重層の空間
 いずれもテレピン油で溶かれた薄明の色相を下地として塗り、その夢幻的不透明空間に、染み込ませたり浮上させたりする線描や形態たち。所々、ピントが合い奥行をもたらす色面は、時に対象をぼかす隠蔽の磁場や、時に断片的な自立を示す。
霧のような表層や、イメージの背後にも色面を薄く塗るその空間は重層的である。それは多分、彼女が版画をやっていたからだろう。見える物を遮蔽したり、奧に隠れて見えないイメージを覗かせたりして、個人的身辺イメージに、日常の不明瞭な生の呼吸を象徴する生川流ペインティングのイメージは、ほとんど示唆的に姿を現わす。寡黙さを携え、孤独な内面に呼応する。
偶発的、変則的な生川の息遣いが筆の運びに伝えられているからだろうか、この筆触の生成は、不器用だが、頑なな意志なくしては成り立たない。 
「泥の中」
アクリル・キャンバス85.0×100.0


■油彩画の困難
 今日、「絵画=平面そして油彩」とくれば、その強度の発揮には、いくつかの困難を覚悟しなければならない。キャンバスの地と図象、色彩、視点、絵具の素材性、描く行為性等々、絵画の属性に言及する試みなくして説得力は獲得できなくなっている。
生川の油彩は地味ながら、それらの課題につながり、それ故、マニアックな感は避けられない。
 留学先のイギリスの教授から、「俳句的」と指摘されたことも興味深い。物質化していく西洋絵画とは逆の、イメージや対象をとりまく気配や空気、水や光を捉える感覚は、確かに俳句的と言えなくもない。身辺的な日常テーマを、筆触技法に託した点にも、俳句的な感性はみられる。「俳句的油彩画」は日本固有な特質かもしれない。

■ アンビバレンツな絵画からアンヴィギュアスな絵画へ
 雲散霧散しつつある今日の身体性を思えば、生川絵画は時代の必然を示しているとも言えそうだ。
男たちが追求してきた、表現主義的でアンビバレンツ=葛藤的・断定的な絵画に対して、女たちのアンビギュアス=曖昧・多義的な表現は、現代の彷徨う現実認識を背景に、ますますリアルになりつつある。

(2003.4.1掲載)
■ なるかわ はるこ
1976 三重県生まれ・在住
1998 名古屋芸術大学美術学部卒
1997 5人展(名古屋市民ギャラリー)
1998 spice13(愛知芸術文化センター・スペースX)
1999 モノクロームの湿度(名古屋市政資料館)
2000 個展(ウエストベスギャラリーコヅカ/名古屋)
2001 個展(ギャラリーAPA2F/名古屋)
2001 個展「曇り日」(白土舎/名古屋)
2001 "internationalWork‐shop forVisual Artists"参加
(ブランデ市、デンマーク)
2002 AFTER REMISEN♯3古井戸芳生+生川晴子展
(ギャラリーBE/名古屋芸術大学)

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