web展評
今回は投稿原稿を2点紹介します。(2.10)
 サイモン・クラーメル 個展

EXPOSE2002 夢の彼方へ ヤノベケンジ×磯崎新


神話化されたチェルノブイリ
文●石橋宗明 ISHIBASHI Muneharu 画商
 (投稿)
展覧会キューレーション 椹木野衣
大阪展2002年11月7日〜12月27日
KPOキリンプラザ大阪
大阪市中央区宗右衛門町7番2号
.06−6212−6578
 エスキースに混じって、チェルノブイリの町での探索を記録した写真が掛かっていた。それは廃墟となった保育園で撮影されたもので、放射線感知器を備えた「アトムスーツ」に身を包んだヤノベケンジが、セルロイドの人形を拾い上げている場面だ。人形は後に、身長3mの幼児「スタンダ」の原型となるものだ。自然界に存在する放射線を計数するとモーターが始動し、油圧シリンダーを使ってスタンダは起き上がる。そして壁面に掲げられた陽気な太陽を眺めやる。太陽はこれを祝福するかのように、シャボン玉を空に漂わせる。スタンダに対峙する「デメ」にも原型があり、大阪万国博覧会の閉幕後、お祭り広場に放置されていた巨大ロボット「デメくん」がそれだ。ヤノベケンジのデメは、スタンダが立ち上がるや否や、ゆっくりと前屈みになり水面に顔を浸けてしまう。まるで死んだ子供を思わせるその頭部は、予め熱せられており、蒸気が立ち昇る。そして蒸気は太陽を隠してしまい、スタンダを挫くのである。
ビバ・リバ・プロジェクト ─スタンダ─ 2001年
W200×D200×H300cm(figure)W66×D56×H64cm(box)W85×H85cm(sun)ガイガーカウンター、モーター、アルミニウム、
真鍮他  所蔵=金沢市 
 これは、ヤノベケンジの普遍的無意識が、現実の大事故と交錯することで生み出された神話である。蒸気を吹き上げるデメは核災害の化身であるだけでなく、否定的なグレートマザーのメタファーでもある。グレートマザー(太母)は人類の深層意識に普遍的に存在する母性像で、生を司る肯定的な面と、すべてを死に追いやる否定的な面を併せ持つ。前者は聖母マリアのような高次元な母に象徴され、一方は呑み込んで殺してしまう山姥の類だ。デメが破壊の女神であるなら、陽気な太陽は、滋養と希望を生命に与え続ける肯定的なグレートマザーである(シャボン玉は恵みの太陽光を表現している)。そしてスタンダは、高次元な母の呼びかけに応じ、生存を賭して闘う生命力(エロス)なのだが、シーシュポス的なあがきから抜け出せずにいる。ヤノべの神話は、科学技術文明が陥っている泥沼を浮き彫りにする。私たちは科学技術を選択してゆかねばならなかったのだが、傲慢さに我を忘れ、否定的なグレートマザーに道を譲ってしまった。その上、回避という英知が今一つ足りないので、破壊の女神はその支配力をますます強めているのである。私たちが幼年期に留まる限り、スタンダに打開の機会は訪れない。
ビバ・リバ・プロジェクト ─デメ─ 2002年 
W350×D190×H300cm(figure)W66×D56×H64cm(box)
φ34cm/small φ97cm/large(manhole)
モーター、鉄、鉱石、植物、その他
 磯崎新が設計したロボットになぜ「デメくん」という名称が付いたのか、その理由や由来について私は知らない。二つの丸い操縦室が出目金魚に見えるからだろうとしか思っていなかった。しかし私は、グレートマザーの特徴を説明するものとして紹介されていた、ギリシア神話に登場するある女神のエピソードに接した時、これが由来かも知れないと思った。それは女神デメーテルとその娘コレーの物語である。デメーテルは穀類を実らせる大地母神で、娘コレーはその大地に蒔かれる種子という分身のような存在である。ある日、ゼウスらの謀によりコレーは誘拐され、冥界の王プルートンの妻にさせられる。嘆きが恨みへと転じたデメーテルは、当て付けがましく飢饉を起こし大勢の人間を殺してしまう。分身を死の領域に連れ去ることで、デメーテルの破壊的な気性を呼び覚ましてしまったのである。輝かしい未来像に与する磯崎新だったが、科学技術信仰の行く末が破壊的なものにならざるを得ないことを感じ取っていたのかも知れない。ここでは神話化が同時進行した。件の女神を彷彿とさせる名を冠されたロボットは果たして、万博の開幕直後に故障して動かなくなった。甘い芳香を振り撒くユーモラスなロボットが、拒絶の沈黙に包まれてしまうのは、まるで死の季節の訪れを予告するかの様で不吉だ。実際これを境にして、人間の傲慢さはいよいよ硬直化し、死の領域へと結びついてゆく。やがて未来像はその輝きを失い、陳腐さを伴いながら色褪せていったのである。
(2003.2.10掲載)

(写真提供:キリンビール株式会社)
■ やのべ けんじ
1965年大阪府に生まれる。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。90年「タンキング・マシーン」(アートスペース虹・京都)、91年「ヤノベケンジの奇妙な生活」(キリンプラザ大阪)、92年「妄想砦のヤノベケンジ」(水戸芸術館)、その後3年間ベルリンに滞在、パリとベルリンで個展を開く。97年アトムスーツで廃墟化したチェルノブイリの町を歩く。帰国後の98年「史上最後の遊園地」(キリンアートスペース原宿、キリンプラザ大阪、三菱地所アルティアムを巡回)。その他、企画展など多数あり。


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