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清原健彦展
                            
超知覚的リアリズム

文●石橋宗明 Muneharu ISHIBASHI 画商 (投稿)


第24回 清原健彦展
2003年10月2日〜10月11日
ギャラリー サーカス・サーカス
神戸市中央区花隈町9−13 ヒースコート山手2F
078−382−0689

 2年前、清原健彦は大阪で個展を行っているのだが、その際に見た一連のタブローについて、まずは述べてみたい。それらの連作は、小さな板に油彩で描かれている。どれも団地の光景だが、作者は団地そのものに興味を持っている訳ではない。翌年に届いた覚書※1の中で作者は、「『主観を捨て、世界と一枚になりきったとき、精神の自由を得る』といった東洋の伝統的な智慧を、絵画において実践したかったのです」と述べている。
『動機4』
14.8×10.3cm 紙、水彩 2003年

写真の画像を元にして描くのは、知覚に生じた誤差を補正する為である。また、光学理論を援用することにより、色彩から作為を排除していった。これらの技法を取り入れたのは、主観を取り除くことが目的ではない。主観―客観の関係を超えた知覚を表現する為の、1つの方法なのである。作者には、団地の光景はそれ自体として新鮮に知覚された。通常の主観を超えた、自らがそこに在る、世界(宇宙)と一体となっているという感覚でもある。この超越的な知覚を描写しようと、団地の光景に向き合ってみても、主観の抑制が利いている状態ではどうにも埒が開かなかったのだろう。写真の客観性もまた、真実には程遠い。
主観は自我であり、自我は魂の一部である。魂が昂揚する時、自我は警戒を緩め、潜在意識が羽を伸ばす。その結果、世界(宇宙)との一体感を得るのではないか。精神の自由とは、あるいはそういったことなのかも知れない。過去に、超越的知覚が起きた場所である団地を散策しながら作者は、その時の体験を返す返す思い起こしつつ、再度の魂の昂揚を心待ちにしているかのようだ。ところで、こうした超越的知覚は、至高体験と呼ばれる現象である。
『動機9』
14.8×10.3cm 紙、水彩 2003年

心理学者のA・H・マスローが至高体験ついて述べているので、以下にその一部を抜粋してみる※2。「至高体験においては、宇宙全体が、統合され統一された全体と知覚される。このことは、ただ言葉そのものだけから想像するほど、単純な出来事ではない。宇宙全体は1つのものであり、人間は宇宙の中にその位置を有する――人間は宇宙の一部であり宇宙の中に属する――という明瞭な知覚をもつことは(中略)、きわめて深刻な・魂を揺さぶる経験でありうる」。「至高体験の際にえられる認知においては、その知覚される対象に、もっぱら、しかも十分な注意が向けられるのが、その特徴である。いいかえれば、ふつうには起こらないような、おそるべき精神集中がみられる」。「至高体験においてみられる世界は、ひたすら美しく、善く、望ましく、生き甲斐のあるものとしてだけ見られるのであって、決して悪いものとか、望ましくないものとしては経験されない。世界はあるがままに受容されるのである」。
言葉だけで伝えることは普通出来ないと、マスローは初めに断っている。大まかに概念を言うならば、以上のようなことになるのである。宗教的体験とも嘆美されることもある至高体験だが、これ程の強烈さを伴わずとも、穏やかなものまで含めるなら、ほとんどの人に訪れる現象である。それなら私も、思春期の頃に幾度かそれらしい経験をした覚えがある。部屋の中の事物が実に新鮮に見え、世界と一体化しているようであり、私もそこに在るのである。絶対的に幸福で、気力が漲っており、世界が肯定的に開かれている感じがした。しかしこれは十数秒程度しか持続せず、やがて陳腐な日常に戻っていった。もし私が画家ならば、きっとゴッホのような絵画を描いていただろう。その活き活きとした様子は、色彩によってでしか表現できないと考えていたに違いない。
『動機10』
14.8×10.3cm 紙、水彩 2003年

清原健彦の場合は「禁欲的なアプローチを試みて」いる。黄色、赤、青、黒の基本的な色のみを用い、それを点描の要領で重ね合わせてゆく。やがて、団地の無機的な建物や周囲の事物が、穏やかな陽だまりの中で明るく澄んでいる様子が、浮かび上がってくる。加えて作者は、現場でのスケッチを止めて写真の画像にも頼るようになった。「しかしその態度は、人の精神活動や価値をうきぼりにするという意図に基づいています。光学理論を援用したのも、手仕事に機械的な手順を導入したのも、心を伝えるためにほかなりません。禁欲的なすすめ方は、視覚的手段によって、詩や宇宙を生みたいからです。そして団地という無機的な存在に目を向けたのも、そこに詩が偏在していたからです」。今回、神戸での個展に出品された「動機」シリーズは、超越的知覚の追及を経て今日に至ったであろう作者の心的変遷を窺わせる。至高体験が創造的自我に統合され、作者の創作に新たな道を開いたかのようだ。作品からはプラトンの言う「真・善・美」への高い信頼が感じられ、それがノスタルジックな詩情を生み出している。そしてその静けさは、やがて訪れるであろう「動」の予感に満ちているのである。

※1「Photography2 写真―絵画との親和」(大阪府立現代美術センター主催、2002年)
に際して、清原健彦が来場者向けに記したもの。 
※2「創造的人間――宗教・価値・至高体験」A・H・マスロー、佐藤三郎+佐藤全弘訳、
誠信書房、1972年



■ きよはら たけひこ
略歴
1965 神戸市に生れる
1988 追手門学院大学文学部心理学科(認知心理学)卒業
個展
1995、98 ギャラリー毛利(東京)
1999〜2001、2003 シティギャラリー(大阪)
1999〜2001 トア・ギャラリー(神戸)
2002 大阪府立現代美術センター(大阪)
2003 グストハウス(神戸)
その他の個展、グループ展、壁画の制作など多数あり。

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