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伊藤正展

表現と本質

文●山本耕一 Kouiti Yamamoto 美術作家 (投稿)
2003年8月18日〜30日

ウエストベスギャラリーコヅカ
名古屋市中区丸の内1-9-7
 バンケービルB1F 
052-232-0777

  「海に、骨も皮も持たない、丸い魚がいる。」
 この奇妙な文章。これは、たしか錬金術の文献にあったものと思うが……今回の伊藤正展を見て、この文章を思い出した。
 会場に、何の飾りもなく、ただ並ぶ5台のモニター。1台のモニターにて作者の顔が「あ」といい、別のモニターで「い」、さらに「う」、「え」、「お」という。
 母音それぞれに特有の所作(顔を上向き、下向き、横向き等)が決められている。5つの母音が、見たところランダムにそれぞれ発せられ、会場空間に、作者の「鳴き」が点描のように渦巻き、重なり、そして消えてゆく。
 モニターの中の作者は、ちょうど免許証写真くらいのフレーミング。少なくとも上半身は裸体と わかるような映像だ。
 当初、会場に作者がいなかったので、これをどう理解してよいか、迷った。「なんだろう……」というのが正直な印象。そして、つぎに「からだ」の発する生々しい臭い……(むろん、実際に、嗅覚的表現はない)
 とまどっていると、作者がきて、説明してくれた。この作品は、作者の伊藤氏の「自我追求」のやはり一環であるとのこと。私は、自分なりに、「社会的存在としての自己の中?にある、肉レベルの存在としての自己」に向かって彫りこんでいく試み……かもしれぬと理解した。
作品タイトル: なし  サイズ:H150×W315×D60cm
素材: 21インチモニタ、VTRデッキ   制作年:2003

 まず感じたのは「悲愴感」だった。人は、なぜ、ここまでして……という思い。自己が自己にとって、負担である以上、それを担い切らねばならない……という暗くて熱くて強い意志。
 ギリシア語のパトス(ΠΑΘΟΣ)という言葉は、もともと「受動」という意味であるという。これが、キリスト教に入ると、ラテン語のPASSIOと通じ、キリストの「受難」を現す。伊藤氏にとっては、自己自身が「受難」そのものなのであろうか。
 ここにおいて、冒頭の、「海に、骨も皮も持たない、丸い魚がいる。」という言葉が、私の中で、意味を持ってくる。簡素な表現形態の中に「秘めこまれた」これほどの暗く熱く強いパトス。これが、観るものに、どう伝わるのか……。美術的形式による表現一般に通ずる、いわば普遍的課 題……とさえいえるものを感じた。
 「骨も皮も持たない、丸い魚」というのは、「本質そのもの」だ。作者が表現したい、あるいは、伊藤氏の作品のように、「表現せねばならない」ところの本質。しかし、それは「観る側」にどう伝わるのか。
 美術作品は、論理ではない。しかし「感性」のみでもない。「感じることが全て」という浅薄な言葉は、ここでは全く通用しない。伊藤氏の作品の、「骨も皮も持たない、丸い魚」を観者は、見切れるか……。
 ここに、伊藤氏の作品のあえていうなら「不幸」が存するように思う。
 「表現」は、この世界の物質的表現をもって行われる以上、そこには物質的表現が「感性」に与えてしまう、ぺらぺらの色紙で織られたような頼りない「鎧」が、どうしても存在してしまう。  「丸い魚」は、それだけでは「眼に見えない」のであって、「骨と皮」を着けて、はじめて観る者にとって存在する魚として認識されるようになる。
 伊藤氏の作品は、ここ数年の間に、どんどん「表現要素」を省いて、「丸い魚」に近づいていっているように思える。本当に「丸い魚」となったとき、彼の作品は、普通にギャラリーに入ってき て、普通に観る者には「観えない」作品になってしまうような危惧すら感じさせる。
 むろん、作者の「追求の過程」は止むことはないから……会場に入ったときの、作者と観者の隔離感は、この先さらに強まるのかもしれない。一つの可能性としては、「舞踏」のように「丸い魚」を肉体で直接表現する手法もある……ということだが、今観る最後の「骨と皮」である「モニターを介在させる表現」は、どこまで存続可能なのか……。
 美術作品における「表現」と「本質」の問題を、強く意識させられた個展であった。
伊藤正(いとうただし)
1955年生まれ
筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了

個展
1983年 ギャラリーU(名古屋)
1984年〜1985年 ギャラリーラブコレクション(名古屋)にて3回
1986年〜1987年 ウエストベスギャラリー(名古屋)にて3回
1988年 ときわ画廊(東京)
1989年〜1994年 ウエストベスギャラリー(名古屋)にて6回
1995年〜2003年 ウエストベスギャラリーコヅカ(名古屋)にて10回

グループ展
1986年3月 グループ展(稲沢萩須記念美術館/稲沢)
1987年9月 中日展(名古屋市博物館/名古屋)
1991年2月 無冠の表現回路エコロジーアートへ(電気文化会館/名古屋)
1999年4月 名古屋コンテンポラリーアートフェア(市民ギャラリー/名古屋)
1999年11月 文化フォーラム春日井開館記念 空想と創造展 <自己と他者>(文化フォーラム春日井/春日井)

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