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特別展 ゴッホと同時代の画家たち
ゴッホと花 ―‘ひまわり’をめぐって―

                            
真の『三幅対』か?
文●前谷 悟 Satoru Maetani 眼科医(投稿)


2003年9月20日(土)〜12月14日(日)
損保ジャパン東郷青児美術館
〒160-8338 東京都新宿区西新宿1−26−12

 現在損保ジャパン東郷青児美術館で行われています、「ゴッホと花」展の一番の目玉は、「三幅対」(三枚の絵からなる祭壇画)です。この「三幅対」は、正しいものではありません。そのことを明らかにします。
図版1 書簡スケッチ

 ゴッホが「三幅対」ついて述べたのは、テオに宛てた手紙(書簡592・1889年5月22日)の中です。その書簡には、彼が描いた挿絵があります(⇒図版1)。この挿絵では中央に来るのが、『ラ・ベルスーズ』です。『ラ・ベルスーズ』とは、La Berceuse「揺りかごを揺する女」・「子守歌」の意味でモデルは、仲の良かった郵便配達人ルーランの妻であるオギュスティヌ・ルーランです。『ラ・ベルスーズ』は、実は、5枚あります。ゴッホ自身がレプリカを作成したのです。 
 そして、『ラ・ベルスーズ』の左右に壷にいけたヒマワリの絵が描かれています。この絵をあらわす黄色い壷の「壷にいけたひまわり」は、実は5作品あります。書簡からわかる作品は、4作品です。これらには、全てVincentという名前のサインが壷にされています。ゴッホは、自分が描いた絵に自信があり、売れるだろうと思った時は、サインを入れたそうです。書簡から製作時期が不明(書簡に載っていない)で、壷にサインが入っていないものが、損保ジャパン東郷青児美術館のものです。
図版2
左:ゴッホが描いた“三幅対”に関する書簡スケッチ・
右:「ひまわり」 95×73 油彩、キャンバス 1889 ・ 
アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館     ・
(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)      ・
* 図版の○印は筆者が加えた

 5作品の「壷にいけたひまわり」は、実は大きくわけて2種類になります。1種類は、背景が青緑で、12本のひまわりをいけたもの(Bタイプとします)で、もう1種類は、背景が黄色で、壷に14本いけたものです(Aタイプとします)。「壷にいけたひまわり」のレプリカも、ゴッホ自身が作成したのです。
 Aタイプの絵は、オリジナルがロンドンのナショナル・ギャラリーにあり、レプリカがアムステルダムのゴッホ美術館、そして損保ジャパン東郷青児美術館にあります。Bタイプの絵は、オリジナルがミューヘンのノイエ・ピナコテーク美術館に、レプリカがフィラデルフィア美術館にあります。ゴッホは『ラ・ベルスーズ』や「壷にいけたひまわり」を描いて、儲けようとしたのでなく、ゴーガンやベルナールたち友人に贈る絵として、それらを描いたのです。
 書簡の挿絵に描かれた、左右のヒマワリの絵は、明らかに異なるものです。『ラ・ベルスーズ』の向かって、左に来る絵は、背景が黄色で、壷に14本入ったひまわりの絵つまりAタイプです。右に来る絵は、背景が青緑で、12本のひまわりの絵で、Bタイプを意味しています。
 このことを確認するために、実際の書簡の挿絵の『ラ・ベルスーズ』左の部分の絵と背景が黄色のヒマワリの絵を比較してみました。そして、同じひまわりと思われるものに○をつけてみました(⇒図版2)。同様の操作を書簡の挿絵の『ラ・ベルスーズ』右の部分と背景が青緑のヒマワリの絵でも行ってみました(⇒図版3)。驚くほど、一致します。
図版3
左:「ひまわり」91×72油彩、キャンバス      ・  
ミュンヘン、ノイエ・ピナコテーク(c)Joachim Blauel,
ARTOHEK                      ・       
右:ゴッホが描いた“三幅対”に関する書簡スケッチ
*図版の○印は筆者が加えた

 つまり、ゴッホが考えた「三幅対」には、A・Bふたつの「壷にいけたひまわり」が使われていました。ところが、今回損保ジャパン東郷青児美術館の展示では、シカゴ美術館の『ラ・ベルスーズ』の向かって、左に損保ジャパン東郷青児美術館のひまわりが、右にゴッホ美術館のひまわりが配置されてます(⇒図版4)。よって、Aタイプのヒマワリだけで、『ラ・ベルスーズ』を囲んだということです。これは、明らかに画家の考えた真意から反します。
 「三幅対」というのは、三枚の中に同じ絵があってはならないはずです。そういう祭壇画を国内でも、海外でも観たことがありません。今回の展示は、そういう意味でもおかしいものです。
 さらに、パンフレットの『ゴッホが夢見た「三幅対」日本で実現。』とまことしやかなことが書かれていますが、この文章も全くの嘘です。ゴッホ書簡575の文章(1889年1月30日)『ルーランがやって来た時、ぼく(ゴッホ)は、ちょうどヒマワリの絵のコピーを描き終えたところだった。そこで、この4点の花束の絵の間に『ラ・ベルスーズ』を置いて、彼(ルーラン)にみせた』と書かれています。この時点で、ゴッホは、オリジナルとレプリカの「三幅対」を作って、ルーランに見せているはずです。一度、実現しているものに、「夢見た」という表現はおかしいです。虚偽を言っています。
図版4
左:「ひまわり」 100.5×76.5 油彩、キャンバス 1889 損保ジャパン東郷青児美術館
中:「ルーラン婦人(揺り籠を揺する女)」 92.7×73.8 油彩、キャンバス 1889 シカゴ美術館(c)2001,The Art Institute of Chicago,All Right Reserved
右:「ひまわり」 95×73 油彩、キャンバス 1889 アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

 私はこのことを、損保ジャパン東郷青児美術館に説明を求め、ゴッホと花展で、しかるべき説明を出すように促しましたが、全く無視されてしまいました。寂しいことです。皆さんは、この事実に対して、どのように思われますか?


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