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第5回橋の会展


文● 川口 直宣    美術評論家
8月20日(水)〜8月26日(火)
東京日本橋高島屋 6階 美術画廊
第1回展-1999年8月26日〜8月31日
第2回展-2000年8月24日〜8月30日
第3回展-2001年8月15日〜8月21日
第4回展-2002年8月14日〜8月20日

  2003年8月、そう今からほんの少し前のことではあるが、ある日本画のグループ展が5年にわたる展観を終えて解散することとなった。
 そのグループ展の名は、橋の会という。橋の会は、武蔵野美術大学の日本画科出身者によって1999年に結成された若手の画家のグループ展で、僕の考えからいうと、研究会的性格を持つ会と位置づけができると思う。しかし、この点については、後でもう少し詳しく触れねばならないであろう。
 構成メンバーは18名、因みに会員の名前をすべてここに挙げておこう。東敬佑、安達友紀、池田美弥子、大竹卓民、岸真由美、近藤鋼一郎、斎藤佳代、坂井尚、神彌佐子、清野圭一、関田比佐子、高山徹、日向祐子、星晃、松本華子、宮島弘道、森燐、山内まどかの18名によって結成されている。ただし、神彌佐子と星晃の2名は、第4回展に出品してから退会し、第5回展には出品をしていない。
 その生年の年代を見てみると、1950年代後半から1970年代前半の世代で、大学の学部卒業、もしくは大学院修了時は、おおむねバブル崩壊の時期以降に重なるといえる。
彼らの世代からいうと、バブルの時期に経済的利益を受けたとはいえないと思う。むしろ、真摯に自己の藝術展開を考えたならば、バブルなんぞと反発し、アンチバブル派を標榜するぐらいの気概があったのではないかと、希望的に推測している。
 それはなぜかというと、彼らの多くは創画会に出品しているが、創画会は、今なお、前衛的性格を色濃く保持している団体と見てよく、その創画会に出品し、さらに彼らは、まだ若い世代―生産的な反権威主―に属しているといえるからである。それ故に、自己の画風確立という大前提の前に、まだまだよい意味での「遊び」の心で制作を楽しんでいると見てよいと、僕は思うからだ。時には、微苦笑を禁じえない作品もあったが、毎回、楽しく拝見させてもらったといえる。
 ここで、カッコつきの遊びという言葉を用いたのは、彼らの5年間にわたる作品を改めて想い起こすと、もちろん、各自の作風の相違はあるが、「遊び」の心、言葉を換えれば、「楽しんで制作する」という視点を再発見するからである。
 いや、遊んではいない、楽しんで制作してはいない、真剣に描いていたとの反論が出てくるかもしれないが、僕は、なにも不真面目に制作していたというのではもちろんない。僕からいわせてもらうならば、深刻な態度、もしくは突き詰めた気持ち、或いはがんじがらめの、余裕のない心で絵に接する必要はないと思う。
 藝術の女神、僕は、その神の存在を信じるが、その神のために、そして自己のためにいつか必ず藝術の女神に見えることがあると思って、それまではゆったりと自己の道を歩めばよいのである。その時までは自然体での制作、「遊び」の心、「楽しんで制作する」気持ちを持ち続けることが肝心といえよう。

 さて、前に橋の会は、研究会的性格を持つ会と位置づけができると思うと述べたが、その点を補足しよう。
 橋の会の活動を回顧すると、二つの日本画の研究団体を思い浮かべるのであるが、ひとつは紅児会、もうひとつは赤曜会である。
 紅児会は、明治31年、安田靫彦が中心となって結成された紫紅会に、33年、今村紫紅が入会することによって会名を紅児会と改めたもので、小林古径、前田青邨、速水御舟らが参加し、大正初期にかけて歴史画の世界で新機軸を開拓した研究会で、近代日本が史上で忘れることは出来ない。一方、赤曜会は、大正3年、今村紫紅、速水御舟、小茂田青樹らによって結成されたより先鋭な新日本画研究団体で、この二つは、同志的結びつきが顕著なものであった。
 紅児会、赤曜会の構成メンバーの年齢と、橋の会のそれとは大きな違いはないけれど、同志的結びつきという点では大きな相違があるといえる。僕が思うに、この立脚点の異なりが橋の会の弱さとなったのではないか。橋の会の5年間は、のびのびと制作に励み、交遊を深めたといえると思うから、成果は挙がっているのであるが、何かひとつ物足らないことがあるとするならば、研究会は、志をひとつにするだけではなく、同志的結合を必要とするものだと思う故、そこに尽きるのではなかろうか。女性、男性が一緒であると、そのような意識を共有するのは困難かもしれないが、今日の時代、情況を考えるならば可能なのではないか。今後、各自が5年間を振り返って将来への展望を思う時、この意識があったのか、よく考えて欲しいと思う。
 紅児会、赤曜会の構成メンバーと橋の会のメンバーと比較するのは、おかしいという意見が出るとは思うが、画家は、謙虚、かつ自己中心であらねばならない。今後、別の研究会と発足するときには、必ずこの意識を持って行って欲しいと切に思う。 2000 尾州ネット「アートオブギャラリー」掲載
 
 大竹 卓民 「黄山雲峰」
135x260 第1回展出品作品

「群像」 135×270
東 敬佑 第2回


池田 美弥子 「夏の空から」
182x302 第3回


宮島 弘道 「水上機」
182x 227 第3回

日向 祐子 「公園の樹」
F100号 第4回

近藤 鋼一郎「眠るモデル」
F100号 第4回

関田 比佐子 「川」
162 × 204 第4回

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